第8話 葦原はなぜ家が異世界へ飛ぶことを知りながらピザ屋に注文したか。
あれはなんと言ったか。
つまりその、こちらの世界にあるものは、つまりは叔父が書いたものなので、彼が付けた呼び名があったのだ。
それが近づいて今、窓の外をかすめて飛んでいる。それも何頭も。
「危ないなあこれ。
〈翼竜〉。一号二号とか、番号ついてたあれじゃないかな?」
栞さんが座布団かぶりながら。
それに俺、
「だよな。
そのまんまだし、一号二号とかセンスない名付けだなと思ってたあれだよな」
デザインがまんまプラテノドンみたいなのも残念感が漂う。図鑑でみたことがあるな的な既視感がすげえ。
その上、一号が赤いやつで、二号が黒いやつ。何頭いても、赤いやつは一号で、黒いやつは二号と呼ぶ。食品添加物かよ。
その数行前に叔父さん、
〈古来、神そのものと畏れられた翼竜は、〉
とか書いてあって、昔の〈翼竜〉は仰々しい名前がついていたが、飼育に成功してからは家畜化の進行が著しく、いちいち名をつける風習はなくなりつつある、とか、なんか適当な記述が続いていたと覚えている。
〈一ノ8〉とか、そんな管理番号による識別が一般的になったのだとか。
そうした経緯を経て〈翼竜〉は。
この世界では現在、おもに戦闘用に飼育されていて、その育成者はそれなりの社会的地位を持つという。叔父によれば。
「じゃあさ、栞さん、会えるかも知れねえんじゃねえかこれ」
葦原がまた妙なはしゃぎかたをし出した。
「〈リン〉と〈ラン〉?」
こちらでは高名な翼竜育成場の姉妹。
〈翼竜〉が戦闘用ということで、ときに〈死の商人の娘〉という視線を向けられることに耐えながら、生き物を育む責任と愛情は人一倍、という姉妹である。
〈翼竜〉に、彼女らは時代錯誤にも、いちいち名前をつける。
「そうかあ、会えるかもね」
栞さんまではしゃぎ出す。
「え、推し?」
栞さんがうなずいているが、たしかに人気キャラクターだ。二次創作のイラストや四コママンガがコメントに投稿されていることがある。
姉妹とも銀髪に紫の瞳で、姉のリンがなぜか縦ロール、妹のランがショートカット。いつも〈育成員〉を示すベージュ色の作業服にブーツ、道具の入ったポーチ付きのベルトや、小手や膝当てなど、黒革製の装備品を身につけているというのだが。
「それはともかく、見える?」
〈翼竜〉がいる、ということは、本日我が家は戦闘地域に飛んだのか? それとも飛行訓練中か。
いや、飛行訓練で、石畳のある町の中というのはありなのか。
さっき窓の外をかすめていった二号の背は、無人だったように見えたが動体視力に自信がない。
「これ、第何話だよ?」
ていうか、何頭いるんだ〈翼竜〉。どれだけ窓の外を通ってったよ?
「あっ!」
葦原が、出し抜けに声を上げる。
「やべえ!」
いや、〈翼竜〉だらけで、充分やばいのは認識しているが。
「今日は、時間、どうなってるんだ?」
それか。
前回、1ヶ月ぶりに再会した叔父は、あちらの世界ではまだ半日だ、と言っていた。
その邂逅の時を終えた俺たちは、放置していたカップ焼きそばが冷めていなかったことに気づいた。
どうも時間の流れが普通ではなくなるらしい、くらいのことしかわかっていないのだが、今回はどうなのか。
「テイクアウトにすれば良かった!」
葦原が激しく悔いている。
というより、家が異世界に飛ばされる可能性のある日に、ピザ屋にネットで注文する奴があるか。
「でもね、今日は一階がまだ町内じゃない? これって、その、こういう場合、時間てどうなるのかしら?」
黒い〈翼竜〉と目を合わさないようにしながら栞さんが言う。
「まだ、望みを捨てることはないと思うよ」
「そうか! そう言ってくれるか、栞さん!」
なんとなく、この二人、そういえば交際中なんだよなあ、ということを実感するのが、こんな時だ。
こんな状況でピザ屋の心配をする奴のフォローなんて、俺にはとても出来ないと思うよ栞さん。
ところが、この問題は直後に半分解決した。
「こんにちはー! ピザトットです」
おい、来たじゃねえか!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます