第7話 グレン・グランハルトはどこからきたのか。

「おはようございます」


 玄関口にいたのは、町内会の佐々木さんだった。年季の入った野球帽をかぶっている。

 俺も叔父さんも、町内会の活動はこまめに出ているのだった。


「ごめんください。

 浩平くん。

 今朝は公園清掃、来てくれてどうもね」


 佐々木さんは去年まで自動車整備工場を経営していたのだが、今年の4月に引退して、夏には奥さんと一緒に旅行に行くのだ、と、さっき聞いた。


「で、これ、参加した人に配っていたんだけど、浩平くんなんか急いで帰ったみたいだから忘れたかな、って田中さんが言ってたから」


 市の指定ゴミ袋(中)である。


「あ、わざわざすみませんでした」


 そのタイミングで、二階から悲鳴が聞こえた。


「ごめんなさい、友達うるさくて」


 何があった。


「いやいや、試験終わったばかりでしょ。楽しくやりなね」


 そう言って、佐々木さんは帰っていった。


「どうかしたのか」


 二階に上がってみると、また葦原が俺の机の上にあがっている。


「おいおい、」


 声をかけたものの、俺もそこで言葉を失った。


 紫の霧。


 しかも、先週の森ではなく、どこだ? 石畳の道が見える。



 そこで思う。

 一階はさっきまで佐々木さんがいたのだが。


「ちょっと待って」


 俺は一階に降りて、玄関から外に出た。


「……」


 こちらは、普段通りだ。いつもの町内だ。


「浩平くん、こんにちは」

「こうへいくん、こんにちは」


 二階の外が異世界だというのに、こちらでは松村さんのおばあちゃんが、孫のサクラちゃんの手と、愛犬タロキチ(茶色。ミニチュアダックスフント)の綱を引いて、散歩の途中だった。


「こんにちは」


 そのタイミングでタロキチが、空に向かってやたらと吠えはじめる。


「どうしたのタロキチ。カラスかな?」

「あー……タロキチ元気ですねえ」


 なんだろう。全身に力が入って、俺たちを守ろうとするような気概だ。

 ごめんなタロキチ、へんなものの気配がわかったのか。


 わりと無口な五歳児のサクラちゃんは、黙ってタロキチを抱き上げ、


「だいじょうぶだよ? だいじょうぶだよ?」


 と、声をかけていた。優しい子だ。


「じゃあ、またね」

「はい。気をつけて」


 こちらは異世界じゃない。こんなことがあるのか。


「おい、異世界につながってる、ってことあるか?」

「ええっ」


 葦原と栞さんが困惑顔で振り返った。


階下したはそのままなの?」

「ああ」

「あのね、浩平くん。落ち着いて聞いてね」


 栞さんが、うわずった声で。


「外は、思ったとおりあの世界なんだけど」


 うん。


「状況がよくない」


 言い終えようというその時、窓の外をかすめて飛んでいったものがある。


「なんだ今の」


 俺は窓際に走り、飛んでいったそれの姿をとらえようとする。


「気をつけろよ」


 葦原はそのとき、片手に座布団、片手にちり取りを持っていたのだが、それにはあとで気づいた。


 窓の外。


「……!」


 遠くから叫ぶ声が聞こえるのだが、遠すぎて届かない。


「なんだ、あの飛んでるやつ?」


 しかも、ひとつじゃない。


「一羽? 一匹?」


 生命体だと思う。色は赤、または黒。

 どうも背にあたると思われる部分に人間を乗せている。

 いや、乗せていないのもいるか?

 紫の霧のせいで、よくは見えないのだが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る