第6話 鈴木聡志の時間は止まっているのか。
「よし。
ピザの注文も済んだし、反省会だな」
スマホを放ったかと思えば、葦原が仕切りはじめた。場所はいつもの俺の部屋のちゃぶ台前。
「とりあえず、追試がなかったのは、成果としよう」
俺と栞さんがうなずく。
「しかし、栞さんは見たところ、ほとんどの教科で30点ほど損している」
「はい」
「文章には強いんだから、落ち着いて設問を読み、解答欄を間違えないことだね」
「ああ!」
栞さんは、解答欄を一段ずらして記入して、残り時間10分のところで気がつく、ということを、少なくとも三教科でやってしまった、という。
「そして、浩平」
「おう」
「普段できている英語が、なぜ試験になると落とす」
「さあ……」
「結論としてふたりとも、実力を出していたとは言いがたい」
どうして、ふたりとも神妙に葦原の話を聞いているのかといえば、同じような状況にいたはずの葦原が学年一位の成績を叩き出したからなのだった。偉そうなのはそのせいだ。なんでだ。
こないだの日曜、俺たち三人は、この築五十年の木造住宅に集い、
異世界に飛ばされた叔父と再会した。
なんだかよくわからないが、事実だ。
その翌日から期末試験だったのだが、結果はこの通りである。
「毎日、試験対策の名目で、ここに集まってたの、やっぱり悪かったかなあ。ごめんな栞さん」
「浩平くんは気にしないで。私も葦原くんも、家にいたら落ち着かなかったのよ」
叔父は異世界に飛ばされ、1ヶ月ほど行方がわからなかった。
しかも、その世界というのは、叔父が小説サイトに投稿していた連載中の作品の舞台。らしい。
〈赤の竜〉が吐き出す〈紫の霧〉に包まれて、境界線がほころびた世界。そのほころびの近くで、異種族同士の衝突が絶えず、荒廃した世界。らしい。
「まあ、反省会はこのくらいにして、」
栞さんが、あっさり話を終わらせた。
「とにかく、今日も日曜日なのよ。叔父さん、また来るかな?」
「話が終わっていないから、来てもらわないと困るな」
何が起こっているのか、本当のところ誰もわかっていない。なので、俺もまだ現在の保護者である伯母に話していない。
叔父がどうも何か必要な物資を取りに来たいがために、〈こちら側の日曜日にあたる日に、この家を召喚できる〉、というご都合主義を導入したらしいことは、先週の日曜に更新された、最新話である71話で確認された。
伯母は、小説が更新されたら、警察とサイト公式に相談して、更新した時点の居場所を、ということを言っていたのだが、更新日が失踪した5月23日となっているために話しにくい。こちらの方もどうなっているんだ。
「叔父さんの時間、こっちでは止まっているのかな」
「うん。そのへんもこの先、わかるといいんだけど」
「それでさ、やっぱりグレン・グランハルトっていう人、出てこないよね。名前を伏せているとかじゃなく、旅の騎士がまず出てない」
グレン・グランハルト。
先週、叔父とともに現れた旅の騎士。
叔父失踪の手がかりはないかと、叔父の小説を読み込んでいた俺たちではあるのだが、そんな登場人物は、いっこうに見つからないのだった。
「なんだろうなあ」
「思ったのは、これから出てくる予定の、叔父さんの頭の中にだけいた登場人物とか?」
「あー」
なくもない気がする。
そのとき、玄関のブザーが鳴り、
「はーい」
俺が普通に返事をして出ていく様がツボに入ったらしい葦原が転がっていた。
ピザ屋が来るには早いのだが。なんだろう。
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