第3話 「ヤメロ」などと言われても。
「ほんとうに叔父さん、どうしちゃったのかなあ」
栞さんは何度も叔父の小説を読み返していて、そのたびに言う。
「〈もしものときは〉、って書き残していたんだから、やっぱり何かが起こる予感があったのかとも思うのよ」
でも、そんなものは作品にも反映されてはいなくて。いなくなる前日までの様子にも、そんなかんじはなかった。
「もしも、なんていうんだったら、もう少し具体的に書いて欲しかったけどな。
ご挨拶を書くのか、アカウントを閉鎖するのか、それとも閉じないで時々荒らされてないか観察するのか」
「そうねえ。
うん、ひとの事なのに勝手にドラマみたく考えてごめん」
「でも、行李に入ってたことは、謎なんだけどな」
かといって、何か予感があったとして、そこでわざわざ行李に入れる理由もわからないのだ。
「叔父さんさあ、」
栞さんは、すこししんみりして、
「作品にコメントもたくさんついていて、それに丁寧に返信しているんだよね。
きっと、それだけこの場所、大切にしていたんだね。急に続けられない、てことになったら、そうだね、それきり投げっぱなし、て、なんか嫌ね。〈もしものとき〉、考えると思う」
彼女は俺よりも叔父のページを読み込んでいる。なんだか申し訳ないくらいだ。
「……ん?」
「何かあった?」
「新しいコメントがある」
更新されていないところに新しい読者が来たら、まあ、そうもなるだろうし、俺としては返事ができずに申し訳ない。叔父はこういう事態を心配していたんだろうか。
「いや、それがね」
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さらに、一話ごとに♡をつけて、感想程度のコメントを書き込むこともできる。
「なんか……これ……変……てか、感じ悪い」
栞さんが差して見せたのは、第5話へのコメントだった。
第5話。
主人公の〈俺〉の営業車が故障し、携帯がつながらないことに気づくまでである。
「『応援コメント:
グレン
20xx年5月23日 0:00
一人で訪れておいて他人任せとは。』」
……ん?
「感じ悪い、ていうか、意味不明じゃないか?」
営業車なのだ。一人で移動して悪いのか。
車両故障に他人任せとか言われても、一人の手に余ることなんだが。助け合おうぜ?
ていうか、フィクションだぞこれ。
「一方的な独自視点のコメントって、読んでるこっちがモヤっとするよな」
「そうそう。
あ、これも」
第27話についたコメントだ。霧に包まれた町で、〈俺〉が、生花の扱い方の知識で花屋の小僧を手助けし、信頼を得るというエピソードなのだが。
「『応援コメント:
グレン
20xx年5月23日 0:00
ここでの生花の扱いは違う、やめろと伝えたはずだ。再考を乞う。』」
「……?????」
どういう目線からのコメントなのか、わからなくなってきた。
「なんなのかな、この〈グレン〉て人」
栞さんも、首をかしげている。
「ちょっと、どんな人なのかアカウント見てやろ。
読み専かな」
作品をなにか自分でも書いていて、他人にあのようなコメントを残していくのであれば、なんだか少し残念な人なのかもしれない、と、栞さんは言う。
「……いや、その前に」
新しいコメントに見えたけれども。
「5月23日だ」
「え。こないだまで見たことなかったコメントだけど……見間違えたかな……どっちでもいいや、アカウント見ちゃお。
それにしても、葦原くん遅いね」
「全部ひとりで食ってから戻るんじゃねえかな」
パーティーサイズのポテチが、既に半分以上奴の腹の中なのだ。
「ジャジャーン!」
そこへ、葦原が昭和ぽい再登場をした。
満面の笑顔で。
「……どういうこと?」
栞さんは、そんな恋人の突っ込み待ちにも気づかないほど、スマホ画面に目を奪われている。
「どうしたよ?」
代わりに俺が突っ込んでおくと、葦原、
「リベンジ♡」
その手には、蓋をしたままのカップ焼きそば超大盛が。
「……よせ、やめろバカ!」
俺が窓に向かって駆けていく葦原にすがりつこうとしたのと、栞さんが叫んだのがほぼ同時だった。
「この人、アカウントないのにどうやってコメント残したの?」
葦原は100キロの男だというのに俊敏で、すでに俺の学習机の上に飛び乗っている。
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