第1話 「昭和のマンガ」などと言われても。

「やあやあ。栞さんもごきげんよう。

 ところでお前ん家、いつ見ても昭和のマンガに出てくる家そっくりな」


 葦原が来るなり言った。片手に大きめのコンビニ袋。体重が百キロ近いので、少し家が揺れた。紺に赤いラインが入ったジャージを、〈ゴジラ〉と墨書きされたTシャツの上にはおっている。


「何度目だよ、それ言うの……」


 築五十年。木造住宅二階建て。住んでいるのは今や俺ひとりだ。

 両親は俺が小学五年のときに、事故で他界した。

 以来ここにずっと、叔父と俺で暮らしていたのだが、叔父は先ほど話した通り失踪中だ。


「そりゃ昭和に建てたんだから、似るだろうよ」

「お前の部屋、◯び太の部屋、まんま再現できるだろ」


 偶然なのだが、この部屋は入り口の位置から押し入れ、窓、本棚の配置があの有名アニメの通りだ。南に面した窓の下に学習机。

 右手に押し入れ。

 左手に本棚。


「あとはネコ型ロボットが来れば」

「引き出しを開けるな」


 そのネタも、何度目だ。


「小学生の時から入り浸ってた部屋が基本そのまま、って、そこからすごいだろ」


 栞さんが大笑いしている。


「そうかあ。私だけ初参戦なんだ、この部屋」

「ははは、ようこそ。

 俺んちじゃねえけど」


 葦原が陽気なのでいつも助かる。


「ポテチ開けていいか」


 コンビニ袋から出てきたそれは、パーティサイズだ。


「麦茶でいいか」


 6月も末ごろともなれば、麦茶の出番も増えてくるもんだ。午前中に作っておいた。


「おお。あとカップ焼きそば食わねえ?」


 さらにコンビニ袋から出てきた。

 三つあるのだが、ひとつだけ超大盛が混じっている。


「焼きそば食うなら、台所使ってくれよ」

「あははは。後でな」

「葦原さ、昔、そこの窓からお湯捨てようとして、全部ぶちまけたんだよな」


 また、栞さんが笑う。よく笑う。


「そうなんだ。らしいね、葦原くん」

「学んだよ。ここという時、ずぼらはいかんのよ」

「冷蔵庫にアイス入れさせてもらったから、それもあとで食べようね」


 ここで、事実のみを明らかにしておこうと思うんだが、葦原と栞さんは去年、中学での学園祭あたりからなんとなく行動をともにしていて、先日正式に交際することになった。言われた時は驚いた。


 今日は二人で動物園に行く予定だったところ、俺の家に来てもらっていて申し訳ない。

 しかしデートに〈ゴジラ〉着てくるかね。

 それはさておき。


「悪いな、予定あったのに」

「いや。ずっと足踏みしてたろ? 少しこの件話してみるだけでも、気持ち的に違うと思うぜ。

 それに、不謹慎だけど、ちょっと楽しみ」

「そうか?」

「叔父さんいなくなってすぐ、俺らで家のどこかに近況を示すものねえか探しただろ。

 叔父さんがこの家に残した痕跡を探ることは、昭和の遺産探検も同然だからな。あの楽しさ思い出した」


 それはその通りで、たとえば今、俺たち三人が囲んでいるちゃぶ台は、その時見つけた。いつから家にあるのか全くわからない年季の入りっぷりだ。


「今日は三人いるから、また何かわかるかも知れないぜ。そのノートも、あの捜索の後で出てきたしな」


 叔父のノートは、行李から出てきた。

 うちのクラスで4月早々に、夏に浴衣で集まろうという話が出ていたのを思い出し、衣類をしまいこんでいる場所を探している時に見つけたのだ。葦原と家をあさっていた時は見落としていた。叔父の行方がわからなくなって、二週目のことだった。

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