木造二階建て築五十年、鈴木邸異世界行き
倉沢トモエ
鈴木邸は木造二階建て築五十年
エピソード1 ビューティフルサンデー、または鈴木邸、飛ぶ。
近況ノートタイトル:読者のみなさまへ
タイトル:読者のみなさまへ
本文:近況ノートをご覧のみなさま、いつもありがとうございます。
更新が止まり、ご心配をおかけしております。
ご報告が遅くなりました。
アカウント主である〈スズカワサトシ〉は叔父です。
事情があり更新が止まっておりましたが、
* *
……削除。
「やっぱり……やっぱりだよ、浩平くん」
ちゃぶ台の前の栞さんが、スマホ片手に何度目かの下書きを削除した。
今日の彼女は、クリーム色のパーカーの下に、赤い花柄のワンピースを着ている。髪はショートカット、眼鏡もそのままだけれど、いつもより少しだけ明るく見える。
「やっぱり、どうしても書けなくて」
まだ例のサイトにはログインしていない。テキストデータからあとで貼ろうとしていた。
「いや、大事な日にこんなこと思いつきで相談して悪かったよ」
俺は鈴木浩平。高一。
栞さんは同じく高一で、同じ高校。
そんなに話したことがなかったのだが、先日聞いたところ文芸部で部活の会誌に作品を載せているほか、あの叔父と同じ小説サイトのアカウントを持って、そこでも活動してるってことだったので、勝手がわかるところを見込んで相談をしたのだ。
「でも、これ、叔父さんもなにか予感があったってことなのかな。
……やめといたほうがいいかな。本名で捜索願出してるとこなんだし。こんなの書き込んだらかえってこじれるわ」
「結局そういうことかあ」
俺も頭を掻きながらそう返すしかない。
叔父のページには今でもコメントの書き込みがある。
そのほとんどが更新が止まっていることへの心配と励ましなので、このような場合、何か返すべきなのか、と、迷っていたのだ。
とはいえ現在の俺の保護者である伯母は、『もしページが更新されたら、警察とか公式に相談しましょう』、と、更新された=とりあえず生存している本人か事情を知る人間かも、との線を狙う至極当然の考えらしく。
そんな網を張っているところで勝手にログインして更新中止の挨拶など、やはりちょっとな。
「何もできないのに耐えられなくなって、余計なことに気が回ったかな。
てか、考えてみたらどっちにしても、どうにもできねえな。
本名じゃないアカウント主が失踪したからって、何を報告するんだ?」
先月、俺の親代わりだった叔父・鈴木聡志が失踪した。
それも、俺の誕生日に。
5月23日。
あの日、朝から叔父は、『今日は楽しみにしてろよ』と繰り返し、何やらわからんが気合が入っていたのに。俺が高校に入って、そこそこ慣れてきたのを喜んでくれていたのに。
今のところ事件性はなさそうだ。俺と二人で、親(俺から見れば祖父母)から継いだ木造二階建てのつましい家に住み、近所や勤め先でのトラブルもなく、周囲で不審な人物も目撃されてはいなかった。
「何かあって、記憶がないとか」
記憶をなくして徘徊し、何年かあとに思いがけない土地で発見されたという話が時々ある。
「そういう話って、だいたい高齢よね。あったとしても……
ああ、もう、今日はやめとこうか。もうすぐ葦原くん来るし、本題入る前に少し楽しい話しようよ」
「そうだな」
俺は、ちゃぶ台の上の叔父のノートを置く。
家の中で先週見つかった。創作ノートだったらしく、アカウントとパスワードがそこでわかった。さらに表紙の裏にこんなことが記されていた。
【浩平へ
もしものときは、アカウント管理頼む】
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