第7話播磨守、碁の負けわざしける日、

(原文)

播磨守、碁の負けわざしける日、あからさまにまかでて、後にぞ御盤のさまなど見たまへしかば、華足などゆゑゆゑしくして、洲浜のほとりの水に書き混ぜたり。


紀の国の 白良の浜に 拾ふてふ この石こそは 巌ともなれ


扇どもも、をかしきを、そのころは人びと持たり。


※播磨守:人物は未詳。寛弘5年の守藤原行成説、権守藤原有国説、6年の守平生昌説がある。

※碁の負けわざ:碁の敗者が勝者に贈り物や御馳走をすること。

※華足:碁盤の脚。花形の飾りの化粧が施されている。

※洲浜:洲が海側に張り出した浜辺で、その景色をかたどった台に、木石や花鳥などを作りつけた飾り物。

※白良の浜:南紀白浜。歌枕であり、碁石の採取地。

※扇:勝者に贈られた扇説が一般的。

※そのころ:負けわざが、行われた当時。


(舞夢訳)

播磨の守が、碁の負けわざをなされた時に、私は少し所要で外出をしていて、後で贈り物の碁盤の趣向を見せていただくと、碁盤の華足などに、ご立派に細工がなされており、盤上にかたどった浜辺の水には、このように書きまぜられておりました。


紀の国の、白良の浜で拾うと言われるこの碁石こそは、君が代の長きに渡り、成長して、やがては巌となることでしょう。


扇についても、当時の女房たちは誰しもが、しゃれた物をもっておりました。



皇子誕生までの記述が続く中、この文が入っている理由は不明。

ご出産前に、まだ碁を打つ余裕がある時期だったのか。

あるいは、碁の負けわざが行える時期だったのかは、不明。

ただ、碁盤の上の紀の国の和歌は「小石が成長して巌になる」ので、典型的な賀歌。(国家君が代など)

それを考えて、紫式部が、ご出産の前に行われた負けわざの話を、後日に挿入したのかもしれない。



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