紫式部日記
舞夢
第1話秋のけはひ入りたつままに
(原文)
秋のけはひ入りたつままに、土御門殿のありさま、いはむかたなくをかし。
池のわたりの梢ども、遣水のほとりの草むら、おのがじし色づきわたりつつ、おほかたの空も艷なるにもてはやされて、不断の御読経の声々、あはれまさりけり。
やうやう凉しき風のけはひに、例の絶えせぬ水のおとなひ、夜もすがら聞きまがはさる。
※秋のけはい:寛弘5年(1008年)の秋。「けはひ」を雰囲気と訳する書もあるが、紫式部本人の言葉を、そのままに訳した。尚、この年の立秋は6月27日(太陽暦9月5日)であるが、文意から時期的には、更に秋が深まった時期と思われる。
※土御門殿:藤原道長の邸宅。京極亭、上東門第とも言われた。
中宮彰子(道長の娘、一条天皇の中宮)は、出産のために約2か月前(妊娠8か月)から、里下がりをしていた。
※遣水:庭園の中に、外から川の水を引き入れ作った流れ水。
※不断の御読経:24時間、絶え間なく行われる読経。12人の僧侶が2時間ずつ、輪番で担当する。大般若経、最勝王経、法華経を読む。中宮の安産を目的としたもの。
(舞夢訳)
秋の気配が深まるにつれて、この土御門邸の様子は、言葉では語りつくせないほどの素晴らしい趣につつまれている。
池のまわりの木々の梢、鑓水のほとりの草むら、それぞれが一面に美しく色づき、あたりの空一面の様子も、実にあざやかな風情がある。
それらに、そのまま引き立てられて、不断の御読経の声々が、いっそう心にしみいる。
少しずつ、涼しくなる風の気配の中、絶え間なく聞こえて来るせせらぎの音は、夜通し聞こえ続けて、風と水との区別もつかない。
作者紫式部は、中宮彰子を主人として、仕えていた。
その中宮彰子は、出産のため、藤原道長邸(土御門殿)に里下がりをしていた。
紫式部日記は、その出産の少し前から、始まっている。
「秋のけはひ入りたつままに」
当時としては、シンプルな表現かもしれない。
ただ、私は、この表現を読むと、実に心を惹かれる。
まるで宝石のような表現と思う。
ただ、理由は、上手く言えない。
秋特有の澄み切った空の青さ、風の涼しさ、せせらぎの音の透明感、紅葉の素晴らしさ、それが全て「秋のけはひ」として、私の心に共鳴するのかもしれない。
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