第19話
謎は全て解けた。
バカバカしいけれども説明する。
――今回の襲来NTR四天王事件の経緯はこうだ。
僕との約束を守って家で待機していた陽佳。
しかし、「やっぱり文化祭デートしたい!」という思いに負けて、彼女は内緒で文化祭にやって来た。当初の予定では僕の仕事が終わるのを待って、「来ちゃった!」と何食わぬ顔で合流するつもりだったそうな。
事件のターニングポイントは、陽佳と猿田が出会ったことだ。
僕のスマホを覗いて陽佳を知っていた猿田は、恐れ知らずにも初対面の彼女に声をかけた。そして「僕の友達」という切り口で親しくなったのだ。
僕の話題で仲良くなった彼は「もっと僕の友人を紹介したい」と陽佳に持ちかけた。これに陽佳が応えたことで、彼女はさらに三人の男と出会うことになる。
ここまでは完璧にNTR漫画の流れ。
そして、男達にホテルや人気のない教室に連れ込まれて――。
と、思うじゃないですか。
「なんで僕の動画を作ろうって話になるの⁉」
「「「「「だって、ゆうちゃんがかわいいから」」」」」
「説明になってないよ!」
そこで陽佳がみんなに僕の子供時代の動画を見せたんですね。
僕のはじめてのおつかいを隠し撮りした奴。
そしたら猿田たちが大盛り上がり。「この動画は後世に残すべきだ! すぐに【HDリマスター】しよう!」と言い出した――。
Hな動画のHは【HDリマスター】のH。
「みんなで頑張って、ゆうちゃんの高画質な動画を作ろうと思ったの」
「いやもうほんとなにやってんのきみたち」
以上が事件の真相。
彼女たちはNTR動画を作る気なんてなかった。
ただ、僕の動画を【HDリマスター】しようとしていただけだった。
そりゃ楽しそうに連絡してくるよ。
うーん。
「ようかちゃんのばか。もうぼくしらない。おこったんだからぷんぷん」
「あーん、ゆうちゃん怒らないで! 拗ねちゃやだー!」
――この世の終わりかってくらい心配したのに、こんな真相ってないよ!
僕はパソコン室に寝転がって拗ねた。
子供みたいにその場に寝転がって陽佳に背中を向けた。
パソコン室の床はひんやりと冷たい。
僕の悲しい心のようだ。
「ごめんね、ゆうちゃんごめんね! 怒らないで! ねっ、ねっ!」
「やっ! ゆうくん、ようかちゃんきらい! あっちいって!」
もういいもん。
ゆうくんあかたんなる。
ばーぶー。
とかアホなことやってたら、パシャリパシャリとシャッター音がする。
見上げると猿田たちが嬉々とした表情でスマホを僕に向けていた。
誰のせいでこんなことになったと思っているのさ。
僕は起き上がると周りに群がる猿田たちを手を振って追い払った。
ほんと、油断も隙もあったもんじゃない――。
「というか、猿田たちはいったいなんなの? 何がしたかったわけ?」
経緯は分かった。けど、動機が理解できない。
NTRするつもりだったなら分かるんだけれども、そうじゃないんだよね?
僕は猿田に疑問の視線を投げかける。
すると猿田はコメディアンみたいに大げさに首を振った。
「何がしたかったて、そんなの決まっているだろ。俺たち四人は、ずっと前から勇一のことがBSSだったんだから」
「BSS? BBS(掲示板)じゃなくて?」
「僕が先に好きだったのに――だよ!」
あ、なるほど! BSSか!
流行だよね、NTRの新ジャンル!
そもそも付き合ってすらいない相手を盗られちゃう奴!
告白しようと思っていたら【親友】に横恋慕されてとか、【不良】にからまれてとか、【体育教師】に呼び出されてとか、【デブオタ】に催眠をかけられてとか!
わー、すごい。
役者勢揃いじゃないか。
どうしてこの面子で――君たちの方が【BSSされる】側なんだよ。
陽佳に僕を寝取られてジェラシー感じてた――ってコト⁉
「……え、やだ。陽佳じゃなくて僕が好きなの?」
身の危険を感じて僕は後ろに下がった。
友達だと思っていた人にいきなり性欲向けられたら、身構えちゃうよね。
さんざん陽佳の友達に性欲向けてる僕が言うのはおかしいけど。
僕の態度にショックを受ける犬崎さんたち。
そんな中、猿田が僕に食い下がってきた。
なんだか、今にも悲しみで死んじゃいそうな顔で。
「違うわい! ワシらはいたって健全じゃい! 普通に女の子が好きだし、男にそういう気持ちは抱かんわい!」
「なんだよかった」
「……けど、勇一。お前だけはそういう目でみちまうんだ」
「だめだもっとやばいやつ」
「お前が! お前がいけないんだ! 女の子みたいなかわいい顔で、小さな身体で俺たちに優しくするから! 勘違いしちまったんだろ!」
言いがかりじゃんやめてくれよ!
感極まった猿田が血走った目をこちらに向ける。
両手を挙げて指をわきわきと動かすと「こうなっちまったらしょうがねえ! 最後にいい目にあってやる!」と、ヤバそうなことを口走る。
ヤバい、追い詰めすぎたと思ったその時、猿田がル○ンダイブで飛びついて来た。
だからなんで僕なんだよ!
「お願いだ勇一! 俺と性転換手術を前提にお付き合いして!」
「なにバカなこと言ってんだ!」
降りかかる火の粉を払うため、はじめて僕は友人に拳を振るった。
◇ ◇ ◇ ◇
僕に一方的に殴られて再起不能になった猿田。
彼は置いといて、僕は犬崎さんたちにあらためて話を聞いてみた。
落ち着いて話を聞けばなんてことはない、彼らは僕のことを心配して恋人の陽佳の人となりを見定めようとしただけだった。
BSSというのは猿田の誇張だ。
それでも【HDリマスター】しようとするのは、なんでって思うけどね。
「まぁ、ゆうちゃんさんなら動画を作ろうってなっちゃいますね」
「うーん。ゆーいちなら私もやっちゃいそうだな」
「最新の映像技術で撮り直したいですね」
同意を求めて美琴さんたちに視線を向けたら藪蛇な返答が出ちゃったよ。
もうやめ、この話題おしまい。
僕は強引に話を打ち切った。
はぁ――。
「なんにしても、また今回も僕の勘違いって訳か」
パソコン室の床にあぐらを掻いて僕は大きなため息を吐いた。
バカ騒ぎのせいで時刻はもうすっかりと夜。
黒いカーテンが引かれた窓からも秋の夜の気配を感じる。
肌寒くって僕は腕を抱えた。
相変わらず、僕に泣いて謝る陽佳。
ごめんよと頭を下げる猿田たち。
今回は彼らの紛らわしい言動と動画が原因だ。
怒ってもいいと思うけれど――。
「……まぁ、悪気がなかったなら別にいいよ」
反省している彼らに強く言うことができず、僕は許してしまうのだった。
ほっと陽佳たちが肩をなで下ろす。
これにて一件落着という空気の中、僕は陽佳に目を向ける。「ごめんね」と、僕の視線にしおらしい顔をする彼女。別に謝って欲しいわけじゃなかった。
「もうっ、心臓に悪いからこういうのやめてよね」
「ゆうちゃんを心配させるつもりはなかったの」
「……わかってるよ。寂しかったんだろう?」
「……ゆうちゃん」
「文化祭に来ないでなんて言ってごめんね。僕が悪かったよ」
僕が謝ると陽佳が瞳に涙をにじませた。
さみしさが溢れる前に、僕は陽佳を引き寄せるとその身体を抱きしめる。
陽佳のことを守れて本当によかった。
人が見ているのなんてお構いなし。
僕たちは静謐なパソコン室の中で、抱きしめ合って仲直りした――。
「あらあら、お二人とも見せつけてくれますわね」
「もーっ! よっぴーったらずるくない! こんだけ人に心配かけといて、ゆーいちといちゃいちゃしてさぁ!」
「お二人ともなんて激しい。あぁん、そんな……」
ぷはっと唇を離してちょっと見つめ合う。
陽佳と一緒に立ち上がれば、このしょーもない事件は一件落着――。
と、思いきや。
「ちょっと待て! やべぇぜ、勇一!」
「……どうしたんだよ猿田?」
「お前のかわいい動画が凄い勢いでバズってる! すげぇ、YouTubeの急上昇トピックスのトップだ! 今一番再生されている動画だぞ!」
「……なんですって?」
意味の分からないトラブルがまだ僕を待ち構えていた。
いや、なんなの僕のかわいい動画って。
猿田が僕にスマホを見せる。
そこに映っていたのはアイドル衣装を着て踊る僕。
前に美琴さんのお土産のアイドル衣装を着せられた時の奴だ。
どうしてこんな動画が――⁉
「これだけじゃねえ! こっちの温泉街旅行動画も二位に上がってる!」
「……嘘でしょ?」
「ラブホテルから出てくる動画もだ! こっちはバッド評価がえぐいことに!」
「……ちょっと待って」
「ツイッターじゃお前が八幡坂279の新メンバーじゃないかって情報が流れてる! いま、事務所が急遽会見を開くってさ!」
話が雪だるま式に膨れ上がっている。
いったい僕に何が起こっているんだ。
訳が分からず固まる僕。慌てふためく猿田たち。
美琴さんは事務所に連絡を入れている。愛菜さんはSNSで情報収集。幸姫さんは、この混乱をしずめようと何度も手を叩いていた。
そんな中、陽佳が自分のスマホを手にして「あのね」と僕に画面を見せた。
それは――先ほど猿田が見せてくれた動画がまとめられたチャンネル。
「か……【かわいいゆうちゃんねる】だって? なんだよ、これ!」
「ゆうちゃんのかわいさを発信してるチャンネルだよ? 知らなかったの?」
「知らないよ! いったい誰がこんな――」
チャンネル概要欄を確認するが、想像以上に情報がない。「かわいいゆうちゃんの動画を配信しています!」って、チャンネルネームでそんなの分かるよ。
広報用のTwitterアカウントは「02ChLvLvMYK1011」。
たぶんこれランダムの命名使ってる。典型的な捨てアカだ。
くそっ、いったい誰がこんな動画を! なんの目的で――!
その時、大変ですと幸姫さんが叫んだ。
「今、旅館の方から連絡があって、勇一さんが入った温泉はどこだと問い合わせが殺到しているとのことです!」
「どういうこと⁉ 僕の画像は削除してもらったんじゃ⁉」
「あの時の撮影風景を記録した動画があるらしくて」
急いで僕はチャンネルの動画を確認する。
すると――確かにある。「ゆうちゃん@早馬温泉露天風呂20210925」って動画だ。しかも、ご丁寧にモザイク処理までかけてある。
いったい誰がこんなものを……。
「すみません勇一さん。私の権限で、先ほど旅館に指示を出しました」
「……幸姫さん、ごめん。僕なんかのために」
「勇一さんが入った露天風呂のお湯を、ペットボトルに詰めて売るようにと。商品名は『あのゆうちゃんが入った温泉水』で!」
「なに商売してんの!」
お得意の真顔で僕を見る幸姫さん。
コントしてる場合じゃないよと思った矢先、今度は愛菜さんが奇声を上げた。
「ちょっと! これ、どういうことなのゆーいち!」
「どうしたの愛菜さん⁉」
「ラブホテル動画の検証まとめっていうのを見つけたんだ! ひどいよ! あることないこと勝手に書いて!」
ラブホテル動画の検証だって?
愛菜さんのスマホにはブログ記事。
そこには勉強会で入ったラブホテルについての情報や、当日僕たちが入った部屋、タイムスケジュール、衣服の詳細などが事細かに記載されていた。
こんなのストーカー行為じゃないか。許せない――。
「ひどいよこんなの! あんまりじゃん!」
「……愛菜さん」
「男とラブホから出て来たから、ゆうちゃんは間違いなく女の子! 男の娘疑惑唱えてた奴ら論破ザマァって! 私は女の子じゃないよ!」
「たしかにかわいそうだけれども!」
そっちかい!
悔しいからって僕のことをぽかぽか殴る愛菜さん。
その時、美琴さんが「えぇっ⁉」とひときわ大きな声を上げた。
いつも冷静な彼女が声を荒げるだなんて珍しい。
いったい何があったんだ?
「そんな、社長は何を考えていらっしゃいますの⁉」
――社長?
「無茶苦茶ですわよ! 彼は素人ですし、なにより男の子ですのよ!」
――素人、男の子?
「化粧をすればバレへんって! たしかにそうですけれども!」
――化粧? いや、流石にバレるでしょ?
「って、まさか⁉」
気まずい沈黙がパソコン室に木霊する。
そんな中、美琴さんが耳からスマホを離した。
悔しそうに液晶画面を睨みつけると、彼女は静かに頭を振る。
有孔ボードの壁にもたれかかると、美琴さんは苦々しい顔でようやく口を開いた。
「ゆうちゃんさん、どうぞ驚かないで聞いてくださいまし」
「……うん」
「貴方の八幡坂279への加入が正式に決定しました。それもいきなりの選抜入り。隠し球ダークホースアイドルとして事務所は全力デビューさせるそうです」
「いやだぁあああああああっ!!!!」
何をされてもたいていのことは笑って受け止める覚悟の僕。
けれどもその話は流石に無理だった。
アイドルって。何を言ってくれちゃってるの。
僕は男ですよ――。
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☆★☆ 明日、いよいよ最終回となります! ここまでのお付き合い、あたたかいご声援、本当にありがとうございました! 最後まで予想外のエチエチ展開になるよう頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします!m(__)m ☆★☆
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