第20話
時刻は十六時を回ろうとしていたが、未だに天候は荒れたままだった。
季節は真夏だというのにブレザーを着ないと凍えてしまいそうな気温でもあった。
生徒会室の窓からは氷漬けになったグラウンドが見渡すことができた。
吹雪が呪力に覚醒した可能性がある。その事実に
燈火が考え事をしていると、室内の扉をノックする音が響いた。
「入りなさい」
「はい、失礼します」
真っ青な顔で生徒会室に入ってきたのは双海恭介であった。
恭介は緑と忍を病院にまで運び終えると、真っ先に学院に戻って来ていた。
休む暇がなかったのか、疲労の色が濃い。
燈火は恭介の様子を一瞥すると、全てを理解したような表情を浮かべる。
恭介の様子から吹雪を連れ戻すことに失敗したのだと察するが、敢えて気付かないふりをする。
「で、どうだったのかしら?結果を教えてくれるかしら」
「……」
燈火は全てを理解しながらも、敢えて質問を投げ掛ける。
会話を円滑に進めるために恭介の様子には触れようとはしなかった。
燈火の表情から尋常ではないプレッシャーを感じた恭介は、躊躇いながらも順を追って吹雪とのやり取りを詳細に説明していく。
「緑が死にました。忍も重症です。任務は失敗しました。さらに私は彼と取り引きをして、見逃して貰いました。もし、取り引きをしなかったら私も忍も殺されていたでしょう。もう彼とは関わらない方が良いと思います」
「そう……で、どのような取り引きをしたのかしら?」
「今後、彼には関わらないこと。今回の件で死んだ生徒は事故死扱いにすること。電車の修理費やその他の費用は学院側が持つこと。その三点を交渉の材料にし、忍と私を見逃すことを約束して貰いました……」
「なるほど……吹雪は呪力に覚醒していたのね?」
「はい。間違いなく呪力に覚醒していると思います」
燈火は椅子から立ち上がると、窓から外の景色を眺める。
生徒会の三人でさえも手が出せないほどに呪術を使いこなしている事実に、思わず笑みが零れそうになる。いずれ吹雪と戦う時が来る。それまでの間は情報収集に徹するべきだと燈火は思案する。今はまだ動く時ではない。
「分かったわ。学院長には私から報告しておきます。今日はもう帰宅して休みなさい。お疲れさま」
「……それだけですか?」
「何が言いたいのかしら?」
同級生が亡くなったのに表情一つ変えない燈火に、恭介は不信感を募らせる。
燈火の態度に苛立ちを隠せない恭介は、不満げな表情を浮かべる。
燈火の指示で戦うことになったのだ。吹雪との力量の差に気付いた時点で撤退に徹しなかった恭介たちにも落ち度はあるが、もともと燈火の無茶な指示がなければこんなことにはならなかった。納得のいかない恭介の体から呪力が溢れ出す。
「緑が亡くなって、忍は重症です。労いや謝罪の一言があっても良いのでは?」
「……ねぇ?あなた達が弱かった。ただそれだけのこと。自分たちの弱さを他人のせいにするの?」
「あなたって人はどこまでも自分勝手だ。もうあなたの指示には従いません」
「ご自由に」
「クッ……失礼します」
これ以上の議論は無意味だと悟った恭介は、踵を返すと生徒会室を出る。
扉を乱暴に閉めた恭介は、鬼の形相で廊下を進んでいった。
恭介の足音が遠ざかっていくのを確認した燈火は、椅子に座り込む。
「このまま彼を帰宅させていいのですか?」
生徒会室には燈火一人しかいないはずだが、突如として男性の声が響き渡った。
無機質な機械のように掠れた声に、燈火は動じることなく反応する。
「問題ないわ。仲間を失って動揺しているだけ。今は時間が必要よ」
「燈火さまも少しお休みになった方がいい。お疲れでは?」
「私は平気よ。それよりも吹雪の様子はどうだった?」
「監視に気付かれる可能性があったため、遠目から窺っただけですが、尋常ではないオーラを放っておりました。恐らく燈火さまと同等、もしくはそれ以上の能力を身につけたと考えるべきです」
「そう……」
僅かな間だが沈黙が訪れる。
「今はまだ手を出すべきではないわ。監視に徹しなさい」
「わたくしは燈火さまの影。何なりとご命令ください」
「決して吹雪には気付かれないように」
「分かりました」
異世界から帰還した異端児 ヒロ @momot
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。異世界から帰還した異端児の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます