第17話


 忍と恭介は注意深く吹雪の様子を観察する。

戦闘中に傷を負っても笑っていられる神経が理解できなかった。

 致命傷ではないが、戦闘に支障が出かねない傷を負っている。

出血の量から見ても、早く治療を施さないと命に係わる問題だ。

 その上、体中の神経回路が麻痺しているため、体を動かすのも困難なはずだ。

 

 本来であれば恭介の矢は呪力を一時的に封じるためのものであり、敵を拘束することに向いている。矢を掠めただけでも効果は絶大で、絶対の信頼を置いていた。

 体中を駆け巡る激痛で頭がおかしくなったのかと思ったが、吹雪の様子を見る限りは恭介の術が効いていない可能性を視野に入れる必要があった。

 

 「恭介、予定を変更する。拘束は不可能だ。こいつはこの場で殺す」

 「ええ、それが無難な判断でしょう」

 

 忍と恭介の二人は吹雪を拘束することを諦め、この場で殺害することに変更する。吹雪の存在はあまりにも異端。このまま放置することは危険と判断を下した。

 同時に忍と恭介は言い知れぬ焦燥感に苛まれていた。


 吹雪を羽交い絞めにしていた忍も矢を受け、今から二十四時間の間だけだが、呪力を扱うことができない。その上、恭介の放った矢は忍の心臓の真横を貫通していた。

 即死は免れることができたが、忍は自身が長くないことを悟る。

問題はそれだけではない。恭介も呪力を使い果たし、満身創痍の状態だった。

 もはや、二人に戦うだけの余力は残されていなかった。


 それでも引き下がる訳にはいかなかった。

上級生としてのプライドと誇りが忍と恭介を奮い立たせた。

 例え、この身が滅びようとも吹雪だけは生かしておけない。

恭介は吹雪を道連れにする覚悟を決めると、枯渇寸前の呪力を振り絞った。

 最後の攻撃になると直感的に悟る。そのため、次の一撃を外す訳にはいかない。


 恭介は弓を構えると、弦を引く。すると深紅に輝く矢が三本も顕現した。

禍々しい光が視界を覆い、次第に矢は生き物ような形を象っていく。

 すぐに吹雪も異変を察知するが、忍に羽交い絞めにされているために身動きが取れなかった。先程までの矢とは比べものにならない密度に、警鐘が鳴り響く。

 明らかに過剰な力が働いていると察し、吹雪は忍を振り解こうとする。


 「無駄だ。俺たちの覚悟を受け取ると良い」

 「チッ……」

 「恭介!!今だ、撃て!」


 恭介が矢を放つと同時に、吹雪も魔術を発動させる。

恭介と吹雪の間を埋め尽くすように巨大な氷柱が発生し、天井をぶち抜いた。

 まるで氷で造形した巨大なやいばが出来上がる。

座席や吊り皮だけではなく、天井や床までもが氷に覆われていった。

 辺りには目視できるほどの冷気が発生し、車内は一瞬で氷漬けになった。

 

 恭介が放った三本の矢も空中で氷漬けになりながら固まっていた。

恭介は驚きを隠せずに唖然としてしまう。最後の力を振り絞った渾身の一撃だった。

 もう一滴の呪力も残されていない。予想外の結末に茫然と佇んでしまう。

あまりに馬鹿げた能力を目の当たりにし、戦意が削がれていくような気がした。

 恭介は現実を受け入れることで精一杯だった。


 吹雪の能力が規格外だと痛感し、意気消沈してしまう。

吹雪の能力を探ろうと思考を巡らせるが、考え事をしている余裕はなかった。

 吹雪を拘束していた忍に限界が訪れたのだ。

力尽きた忍は、糸の切れた人形のように床に倒れ込んだ。

 ドサッと倒れ込む音がしたため、恭介は緊張の糸が切れてしまった。

 

 「忍!!」

 「ゴホッ……ゴホッ……まだだ。まだ気を抜くな。敵が目の前にいるんだぞ」

 

 忍は吐血しながらも、まだ戦うつもりでいた。

震える体に鞭を打ち、必死になって立ち上がろうとする。

 だが、うまく立ち上がることができなかった。

恭介は悲痛の面持ちで忍に駆け寄り、強引に抱き寄せる。

 もう限界が近いのか、荒い呼吸を繰り返していた。

床には血だまりができ、忍は朦朧とする意識を必死に繋ぎ止めていた。


 「恭介、悲しい顔をするな」

 「今から病院に向かいましょう。今ならまだ間に合うはずです」

 「いや、残念ながらもう手遅れだ。自分ことは自分が良く分かっている」

 「諦めてはいけません。強引にでも病院に連れていきます」

 

 涙が溢れてきた恭介は、必死になって忍に声を掛ける。

声を掛け続けなければ忍が死んでしまいそうな気がしてならなかったのだ。

 緑を失い、忍まで失ってしまう。受け止めがたい現実に絶望する。

恭介も忍も治癒に関する呪術を扱えないため、応急措置もできない状況だった。

 急いで病院に連れていく必要があるが、恭介に吹雪を倒せる自信はなかった。


 「秋月吹雪。交渉しませんか?」

 「内容次第になるが?」

 「私たちを見逃して欲しいです。急いで病院に連れていく必要があります」

 「見返りは?」


 恭介は必死に思考を巡らせ、どう立ち回れば良いのか模索する。

吹雪が話し合いに応じてくれるのかは分からないが、一か八かの賭けに出る。

 

 「もう貴方に関わらないと誓います。学院で生徒を殺害した件と今回の件は我々で処理いたします。勿論、電車の修理費やその他の費用も我々で処理します。なので穏便に済ませて欲しいです」

 「お前らから戦いを仕掛けてきたのに、都合が良すぎるとは思わないのか?」

 「ええ、貴方の言いたいことは十分に理解しています。我々が間違っていました。ですが交渉できる内容はそれしかないのです。これ以上の対価は払えません」

  

 恭介が忍を救いたいと思う気持ちは伝わってきたが、どうするべきか悩んだ。

これから先のことを考えるのであれば殺した方が良い。それは間違いない。

 またいずれ敵対する可能性もあるため、できるだけ不安要素は取り除きたい。

だが、恭介の提示する条件にはそれ以上のメリットもあった。

 

 学院での件と、今回の件を明るみに出さないことは吹雪にとって大きなメリットだった。これから陰陽師の資格を取得したい吹雪は、今回の件が大きな足枷となりかねない。二人を見逃すことで、学院での件と今回の件をうまく処理してくれるのであれば見逃すのも悪くはない選択であった。

 だが、問題もあった。生徒会の一人でしかない恭介にどこまで権限があるのか。


 「いくつか確認したいことがある。それ次第だ」

 「何でしょうか?」

 「学院長と姉にはなんと説明するつもりだ?お前にどこまでの権限がある?」

 「正直に全てを話します。我々が襲い掛かり、そして返り討ちに遭った。学院での件と今回の件を水に流すことで、何とか生き長らえたと説明します。こう見えても私は生徒会の副会長です。多少の無理は押し通せます」

 「亡くなった遺族への説明はどうする?」

 「学院での件は鍛錬中の事故と説明します。そして今回の件は悪鬼と戦ったことにします。それ以外に説明のしようがありません」

 

 悪くはない条件だった。

学院での件と今回の件を揉み消せるのであれば問題はない。

 そこまでして恭介と忍を殺したい訳でもない吹雪は、恭介の案に乗ることにする。


 「……良いだろう。お前らを見逃す。だが、約束を違えるなよ?」

 「ええ、感謝いたします」


 学院での件と今回の件を無かったことにしてくれると言うことで話が纏まった。

これでもう姉は干渉して来ないはずだし、資格を取得することに専念できる。

 交渉が終わるのを見計らったかのように、電車は次の駅に到着した。


 「俺はこの駅で降りる。あとは任せた」

 「ええ、分かりました」


 吹雪は電車を降りると、改札口に向かった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る