第16話
視界を遮るような光が満ち溢れ、車内に突風が渦巻く。
ドミノ倒しのように車窓が割れていき、巨大化した矢は吹雪と忍の体を貫いた。
忍に羽交い絞めにされている吹雪は、回避も防御も取れなかった。
肉を抉る感触と骨を砕かれる感覚が同時に襲ってくる。
巨大化した矢はわき腹を貫通し、いくつかの臓器を損傷させたことが窺えた。
致命傷ではないが、行動を制限せざるを得ない損傷を受けた。
回復や補助的な魔術を扱えない吹雪にとっては厄介な傷であり、今後の活動に支障が出かねない。異世界では王女であるリリスが回復や補助を担当してくれていた。
怪我をしてもすぐに治療が可能だったため、無鉄砲な戦い方ができた。
だが、ここは異世界ではない。治療してくれる仲間もいなければ金も持っていない。
こんなことになるなら治癒術の一つでも覚えておくべきだったと後悔を滲ませる。
それにしても確実に殺したはずの忍が息を吹き返したことは完全に計算外だった。
確実に頸動脈を斬り裂いた手応えを感じ取っていたが、何らかの方法で致命傷を避けたと見るべきか。それとも蘇生術の類か、もしくは幻影を魅せられていた可能性すらもあり得た。どのパターンもあり得るため、警戒せざるを得ない。
戦う前に忍が呪符を切り裂いていたことを思い出し、思わずハッと顔を上げる。
呪符の効果は身体強化を補助する類か、もしくは呪力の性質を変えるものだと思い込んでいた。だが、それは全くの見当違いだと理解させられる。
先ほどまでの恭介の慌てようを見る限り、恭介自身も忍の呪符の効果を知らされていなかった可能性が高い。幻影の類ならば恭介が気付いているはずだし、忍に致命傷を避ける手段があるとは思えなかった。
よって消去法になるが蘇生術か、もしくは身代わりの術の可能性が濃厚だった。
蘇生術は行使すると代償が大きい上、複雑な術式を覚えなければならない。
学生が気軽に行えるものではない。もし、忍が蘇生術を扱える学生ならば学院を飛び級していてもおかしくはない。よって蘇生術の可能性は除外される。
吹雪は素早く思考を巡らせ、あらかじめ身代わりの術を行使していた可能性が高いと判断する。いや、身代わりの術以外の選択肢はあり得なかった。
異世界での生活が長かったこともあり、完全に失念していた。
陰陽師にとって呪符は生命線でもあり、駆け引きの道具ともなる。
油断も慢心もしていなかったつもりだったが、無意識のうちに過信し過ぎていた。
「身代わりの術か……」
「ご名答。やっと気付いたようだな。初めから……ゴホッ……ゴホッ……この機会を窺っていた。貴様に勝つためには必要な犠牲だった。学院で暴れた時もまんまと騙されていたからな。身代わりの術が有効だと俺は知っていたのさ」
忍は吐血しながらも自慢げに吹雪の問いに答える。
今まで感じていた違和感の正体を知った吹雪は、納得の表情を浮かべる。
学院では四人を殺したはずなのに、緑は三人を殺害したと言っていた。
奇跡的に助かった生徒が一人いるとは思っていたが、身代わりの術を行使することにより難を逃れていたとは思わなかった。
完全に盲点を突かれ、異世界での生活に染まり過ぎていたと実感する。
「身代わりの術で助かった生徒は、九尾狐を操っていた女か……?」
「ああ、そうだ。貴様の学年では身代わりの術は教わらないからな。身代わりの術を教わるのは三年になってから。貴様はまんまと俺の策に引っ掛かったのさ」
「なるほど、合点がいった。だが、多大な犠牲を払った割に得たものは少ないと思うのだが?」
「はは、何を言っている?恭介の矢を受けた時点で貴様の負けは確定した」
「……」
言っている意味が理解できなかったが、忍たちは勝ち誇った表情を浮かべていた。
恭介が放った矢に特殊な能力が付随していると察し、吹雪は顔を歪める。
咄嗟の判断で体を逸らしていたため、致命傷は避けることができた。
だが、恭介が放った矢に特殊な性質があった場合は厄介なことこの上ない。
呪力で形成された矢は完全に消え去り、服の上からでもわき腹の傷を見ることができた。おびただしい血の量に、肋骨が剥き出しになっていた。
一見すると貫通力を高めた矢に思えるが、忍たちの反応を見る限りは特殊な矢だと理解できる。一体どのような能力が付随しているのか、見当がつかなかった。
「貴様が受けた矢は少し特殊でな、呪力そのものを封じるものだ。神経回路を麻痺させ、貴様は今日一日だけだが呪術が扱えなくなった訳だ。貴様の負けは確定したようなものだ。それにその傷ではもう戦うことはできないであろう。このまま拘束させて貰うぞ」
「ふっ……ははっ、何だ。特殊な矢だと聞いたから呪いの類かと思った。それを聞いて安心した。お前ら二人はどこまでも間抜けだな」
「貴様ッ……言葉には気を付けろ。すでに勝敗は決している」
さすがの吹雪も失笑せざるを得なかった。
吹雪が呪術を扱えない生徒だと、調べればすぐにわかること。
呪力そのものを扱えない体質であり、だからこそ落ちこぼれ扱いされてきた。
多大な犠牲を払って得た成果が呪力を封じ込めることだったと知った吹雪は、笑いを堪えることができなかった。同時に吹雪の魔術を呪術と勘違いしていると悟る。
吹雪が後天的に呪力に覚醒したと思い込んでいるのか、それとも能力を隠して学院生活を送っていたと思い込んでいるのか。前者も後者も全くの見当違いである。
「ははっ!!ここ最近はずっと悲しい出来事が続いていたからな……久しぶりに笑わせてもらった。感謝の気持ちを込めて、一人だけ見逃してやる。どちらを生かす?お前らに選択肢をやる」
「なっ……何を訳の分からないことを……現状が理解できていないのか?」
吹雪の様子は異常だった。なぜ笑っていられるのか、忍は怪訝な表情を浮かべる。
運悪く急所は逸れてしまったものの、矢は完全に吹雪と忍を貫いていた。
完全に恭介の術中にあるはずだが、吹雪の言動に得体の知れない不安感が襲い掛かる。忍は恭介と視線を合わせると頷き合った。
恭介の術が無効化された可能性を視野に入れたのだ。
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