第13話
「……」
「……」
車内には潮が引いたように静寂が訪れ、ガタゴトと電車が揺れる音だけが響き渡っていた。何枚かの車窓が割れても電車は停まらずに走り続けていた。
吹雪は背後にいる二人に視線だけを向け、いつでも緑の首を斬り落とせると警告を発するが、二人が怯む様子はなかった。
弓を持っている男性は、スラリとした体躯に黒髪の短髪が印象的であった。
一見すると爽やかな顔立ちをしているが、怒気を帯びた顔付きをしていた。
黒の袴に白い上着を羽織っているため、弓道一筋といった雰囲気がでている。
弦を引いたまま、呪力で形成させた矢をいつでも放てる状態でもあった。
一方、全身に呪力を纏っている男は、坊主頭に十字の傷が印象的でもあった。
学生とは思えない筋骨隆々とした鋼のような肉体は、努力の賜物だと窺える。
柔道着を着こなし、太い眉毛が左右で繋がっている強面の男性でもある。
二人とも怒気を孕んでおり、戦う気が満々と言った雰囲気でもあった。
緑が少しでも動いた場合は吹雪が躊躇うことなく首を斬り落とし、吹雪が少しでも動けば背後にいる一人が矢を放つといった異様な雰囲気であった。
膠着状態が続くかに思われたが、沈黙を破ったのは吹雪だった。
「どちらが双海恭介で、どちらが加賀忍だ?」
「私が恭介で、坊主頭の彼が忍ですよ。それよりも彼女から離れて貰えませんか?でないと、ついうっかり矢を放ってしまいそうです」
吹雪の問いに答えたのは恭介であった。
呪力で形成させた矢を今にも放たんと脅しを掛けてきた。
一見すると柔らかな物腰で口調も丁寧に聞こえるが、鋭い眼光を放っていた。
一触即発の空気が漂うが、吹雪だけは殺伐とした雰囲気を平然と受け流していた。
吹雪の力量を正確に測ることができないのか、それとも三人であれば吹雪に勝てると思い込んでいるのかは定かではないが、両者の間には明確な温度差があった。
経験不足からくる判断能力の低下。いや、あまりにも稚拙な状況判断である。
さすがの吹雪も溜息を零し、嫌気がさすような表情を浮かべる。
「お前らが戦いたいのであれば矢を放てば良い。勿論、俺も容赦はしないがな」
「ふっ、こちらは三人。貴様は一人だ。数の優位性を理解できていないのか?」
吹雪の警告に対して、忍が怒りを滲ませながら答えた。
どうやら三対一なら勝てると思い込んでいるようだった。
だが、数の優位性も圧倒的な力の前では無力と化すことを理解していない。
「なら試してみると良い。どちらが正しいのか理解できる」
「言葉には気を付けた方が良い。貴様の命は我々が握っているのだ」
「ふっ……勘違いもここまでくると、全く笑えないな。平和ボケしたお前らでは俺を傷付けることもできない。言葉ではなく、行動で示してみろよ?」
「貴様ッ……」
怒りのボルテージが最高潮に達した忍は、左手に持っている呪符を真っ二つに切り裂いた。呪文を唱えずに呪符を切り裂いたため、どのような効果を齎す呪符なのか理解できなかった。戦闘中に呪文を唱えてしまえば隙ができるだけではなく、呪符の効果を知られてしまう危険性がある。未熟な学生なりに工夫をしていることが窺えた。
忍は怒りに身を任せるように呪力を纏った拳を振り上げ、渾身の一撃を見舞う。
まるで空気を斬り裂くような弾丸が容赦なく吹雪に襲い掛かる。
拳に回転を加えることで攻撃力を底上げするだけではなく、障壁と言った簡単な結界ならば容易く貫くことができるほどの貫通力が窺える。
直撃すれば、いかに吹雪であっても無事では済まない。
だが、吹雪はその場から一歩も動くことなく半身だけを器用に動かす。
右手の鉄扇を緑の首に押し当てたまま左手に握っている鉄扇を開き、忍の正拳突きを真正面から受け止める。次の瞬間、鉄と鉄がぶつかり合ったような鈍い音が鳴り響いた。正拳突きの余波が振動となって周囲に伝わり、車窓が豪快に割れる。
車内が激しく揺れ、割れた車窓から暴風が吹き荒れる。
忍の一撃を受け止めた吹雪は、感慨深げな表情を浮かべる。
学生という観点から見れば優秀な部類に入るかもしれない。
攻撃が単調で未熟な面もあるが、将来性のある生徒だと認識を改める。
他の生徒なら通用する攻撃だが、今回は相手が悪かったと思うしかない。
残念ながら忍程度の人間では異世界を生き抜くことはできない。
やはり学生相手では本気を出すまでもないと、吹雪は思考を巡らせる。
「……」
「それで終わりか?」
「くっ……貴様もパワータイプだったのか……?」
「いや、俺は肉体派ではないが?単純に力不足なだけだと思うが?」
「……」
吹雪は事実を述べただけであったが、忍はそれを挑発と受け取った。
忍はこめかみに青筋を浮かべながら体を震わせ、顔を真っ赤に染め上げる。
見た目に反して単純な性格をしているのか、侮辱されたと思い込んでいるようだった。さすがの吹雪も付き合いきれないと溜息を零したその時だった。
吹雪が忍に気を取られている一瞬の隙を見計らって、緑が呪符を取り出した。
素早く呪符に呪力を込め、吹雪に気付かれないように呪文を紡ぐ。
「錬成術、金剛の
緑の持つ呪符が煌々と輝くと、いつの間にか緑の両手には太刀が握られていた。
小柄な緑の身長を優に超える太刀は、見るからに扱いにくそうに見える。
だが、緑は太刀を軽々と持ち上げ、刀身を吹雪に向ける。
「これで形勢逆転ね」
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