第14話
三人に囲まれる形になった吹雪だが、状況が悪化したとは微塵も思っていなかった。むしろ面倒な手間が省け、吹雪にとっては都合のいい展開となっていた。
三人の目的は吹雪の能力に探りを入れ、そして利用できそうなら連れ戻すこと。
残念ながら生徒会の三人ではどちらの目的も達することができない。
全てが自分の思いのままにならないと癇癪を起す姉のことだ。
連れ戻すのに失敗し、吹雪の能力を把握できなかったと知った時の姉の反応を思い浮かべると笑みが浮かんだ。挙句、姉の指示で動いていた生徒会の生徒が吹雪の手によって殺されてしまえば、姉は重大な責任を負うことになる。
「何がおかしい?」
「いや、何でもない。お前らが気にすることではない」
吹雪の笑みが気に入らなかった忍は、不機嫌な表情を浮かべる。
全身を包み込む呪力が目視できるほど高ぶり、今にも爆発しそうな勢いだ。
三人の能力は容易に推測できた。忍は見た目通り肉弾戦を好むパワータイプだ。
忍が切り裂いた呪符の効果は未だに分からないが、身体強化を補助する役割の呪符か、もしくは呪力の性質を変える呪符のどちらかであろうと推測していた。
前者であろうが、後者であろうが、吹雪にとってはどうでも良いことだった。
そして弓を構えている恭介は、遠距離戦を得意とする狙撃手である。
近距離で矢を放とうとしていることから接近戦には向いていないことが窺える。
呪力で形成された矢にどのような能力が付随しているのかまでは分からないが、狙撃手は本来後方支援が望ましい。ここまで接近していると本来の役割を発揮することができないだけではなく、味方の足を引っ張ってしまう可能性すらもあり得た。
結果的に警戒するほどのものではないと、吹雪は思考を巡らせる。
そして吹雪に刀身を向けている緑も忍同様にパワータイプだと窺える。
見るからに重そうな太刀を軽々と扱っているが、電車の中では行動が制限される。
三人とも闘争心を剥き出しにしているが、内心は穏やかではないことが窺えた。
冷静に状況を分析している吹雪だったが、周囲から視線を感じて思考を止めた。
隣の車両に避難した乗客が興味本位でこちらを覗いていたのだ。
中には携帯電話を取り出し、写真や動画を撮影している者までいた。
あまり悪目立ちしたくない吹雪だが、無関係の人間を殺す気にはなれなかった。
自分に害のある人間には容赦はしないが、関係のない人間まで巻き込む気にはなれなかったのだ。とりあえずは周囲の視線は放っておくしかないと諦める。
吹雪は気持ちを切り替えると、その場で素早く回転するように身を捩る。
両手に持った鉄扇を仰ぎ、波打つような白い冷気を発生させる。
「動くなと言っているのがわからないのかッ!?」
吹雪の行動にいち早く気付いた恭介が慌てて矢を放つが、僅かに遅かった。
吹雪は回転すると同時に素早くしゃがみ込んで矢を躱し、忍の背後に立ち回る。
そして忍の首に鉄扇を押し当て、スライドさせるように薙いだ。
抵抗する暇もないまま忍は首を斬り裂かれ、頭から床に崩れ落ちる。
瞬きもできない一瞬の攻防に、緑と恭介は動揺を隠せなかった。
「貴様ッ……」
恭介が怒りを滲ませながら複数の矢を連射する。
呪力で形成された矢が生き物のように縦横無尽に飛来してくる。
だが、吹雪は全ての攻撃を軽々と躱していく。
呪力で形成された矢が天井や床をぶち抜き、車窓までもが豪快に割れる。
忍が殺されて冷静な判断を失ったのか、恭介は周囲の被害を全く考慮していない。
隣の車両には沢山の乗客がいるというのに、容赦のない攻撃が続く。
それでも吹雪はアクロバティックな動きで矢を躱し続ける。
その動きは人間離れした何か。まるで鬼や妖のような身体能力を連想させる。
全ての攻撃を紙一重で躱し、最小限の動作だけで戦っているのが伝わってくる。
恭介の肉眼では吹雪の姿を捉えることができずに、翻弄され続けていた。
三対一なら勝てると思い込んでいたが、それは思い過ごしだと理解させられる。
このままでは忍のように訳も分からないまま殺されてしまう。
恭介は冷静な判断を失っただけではなく、焦燥感に苛まれていた。
吹雪が圧倒的な強者だと気付いた時には全てが手遅れだった。
気付いた時には緑の右腕が鉄扇によって斬り裂かれ、車内に血飛沫が豪快に舞う。
緑の右腕が宙を舞っているのが視界に入り、恭介は自分の愚かさに気付いた。
戦って勝てる相手ではない。選択を誤った。
尾行に気付かれた時点で撤退するべきだったと後悔を滲ませる。
「え?きゃぁぁああっーー……」
緑が腕を斬り裂かれたことに気付き、甲高い悲鳴を上げた。
神経を焼き切るような痛みに耐えきれなかった緑は、右肩を抑えながら床にしゃがみ込んだ。完全にパニックに陥ったのか、緑は顔を青くして震えていた。
そして次の瞬間、緑の頭蓋が弾けるように爆ぜた。
何が起こったのか理解できないまま目まぐるしく状況が変化していく。
恭介が気付いた時には緑が脳漿の飛び散った無残な死体となっていた。
その容赦のない殺害の仕方に、恭介は戦慄せざるを得なかった。
人を殺しても涼しげな表情を浮かべる吹雪が同じ人間とは思えなかったのだ。
「さて、後はお前だけだ。これで力の差を痛感したと思うのだが、まだ続けるのか?戦う気があるならまだ続けても良い」
「くそっ……」
恭介は現実を受け入れることができずに、悪態をつくことしかできなかった。
吹雪が本当に学院で落ちこぼれと呼ばれていた生徒なのか疑問が生じた。
成績は最下位、授業にはついていけずに補習を受けるような生徒だと窺っていた。
クラスメイトからはいじめられ、植物状態に陥ったと聞いていた。
だが、目の前にいる男は圧倒的な強者。本当に同一人物なのか疑った。
能力の相性とか数の優位性を簡単に覆してしまう猛者であると理解させられた。
その上、不条理と思えるほどに戦い慣れている。
事前に調査していた内容と実物の吹雪はあまりにも乖離していた。
今まで学院では能力を隠していたのか、それとも後天的に覚醒したのか、今の恭介には判断できなかったが、自身が窮地に陥ったことだけは理解できた。
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