第12話
少しでも抵抗しようとするのであれば殺すつもりでいた。
周りに人がいようとも関係はない。監視カメラの位置は把握している。
今、吹雪たちがいる位置は監視カメラの死角になる。
証拠も残さずに殺害することが可能であり、隣の車両にいる二人へ警告にもなる。
鉄扇を握る右手に力が籠る。吹雪の心境を悟ったのか、緑は正直に答え始めた。
「学院長からは拘束と尋問までの指示しか受けていない。抵抗するなら殺しても構わないと追加で指示を受けているがな。だが、生徒会長である貴様の姉からは、ある指示を受けた」
「ほう……どのような指示だ?」
吹雪には姉と妹が存在する。決して仲良くはないが、血の繋がった二人の姉妹。
異世界で生活しているうちに忘れかけていた感情が再び蘇る。
ドロドロとした憎悪の塊が蠢いているような気分に陥る。
異世界で成長した気になっていたが、どうやら過去のしがらみを乗り越えられていないと悟る。過去とは決別したつもりだったが、家族の話しを聞くと心が乱れる。
「呪力を持たないはずの貴様が呪術を使っていることに疑問を感じたのであろう。学院での戦闘で氷結能力を使っていたのは分かっているが、貴様の能力を全て理解している訳ではない。天候さえも変えてしまう能力は呪術の範疇を超えている。生徒会長からの指示は貴様と戦い、能力を調べること。そして利用できそうなら連れ戻すこと。利用できないような能力ならその場で殺しても構わないと指示を受けた」
「相変わらず傲慢な思考の持ち主だこと。で、俺と戦うのか?俺はどちらでも構わないが。少しでも抵抗するようなら首を斬り落とす」
鉄扇を握る右手に力を込め、鋭い殺気を放つ。
生徒を三人も殺害したのだ。学院側が何も対処しない方がおかしい。
学院長は穏便に済ませる気かもしれないが、姉は相変わらず自分のことしか考えていないと知り、溜息が零れる。やはり家族と分かり合える気はしない。
吹雪にとって家族とは他人よりも遠い存在なのだ。
「いや、貴様の実力は十分に理解した。私では太刀打ちできない」
「冷静な判断が下せるようで安心したよ。今後、二度と俺に関わらないと誓えるか?もし、誓えるのであれば一人だけ見逃してやる」
この場で全員を見逃すことはできない。
姉のことだ。再び無茶な理由を作ってでも干渉してくるに違いない。
警告を兼ねて二人は殺しておいた方が良いと、吹雪は思考を巡らせる。
「一人だけだと?なぜ?もう貴様に危害を加える気はない。全員を見逃してくれ」
「それは無理な相談だな。姉の性格は理解しているつもりだ。もう二度と俺に関わりたくなくなるように警告する必要がある」
「警告の為だけに二人を殺すと?まともな思考とは思えない……」
緑は言葉を失っているようだが、吹雪には関係のないこと。
呪力を持たない体質だと分かってから五年もの間、姉妹には苦い思いをさせられてきた。もともと仲が良いとは言えない家族だったが、決定的な亀裂が入ったのが吹雪が十歳の時である。幼かった吹雪の心を抉るような暴言の数々、暴力を振るわれて怪我をすることも日常茶飯事であった。呪術の実験と称し、呪術の的にされることもあった。虐待を通り越して拷問と言っても過言ではない経験をしてきた。
吹雪の体には当時の傷跡が未だに残っている。
吹雪の体は傷だらけで、歴戦の戦士を思わせるような体に変化を遂げていた。
決して吹雪が自分から望んで暴力を受けた訳ではない。
全ては姉妹の気まぐれによって、生じた傷なのだ。
古傷が痛むような錯覚に襲われ、やはり過去を乗り越えられていないと痛感する。姉の性格を一言で表すならば残虐非道という言葉がしっくりくる。
利用できる者は使い勝手の良い駒にし、利用できない者には目も向けない。
自己中心的な思考の持ち主でありながらも他人の評価を人一倍気にするタイプだ。
そのため、二重人格かと疑うような二面性を兼ね揃えている。
姉のことを何も知らない者が見たら人格者に見えるが、姉のことを理解している吹雪からすれば人格が破綻しているとしか思えない。
最近は会うこともなくなっていたが、姉の性格は昔から変わっていないと悟る。
このまま三人を五体満足で帰せば、再び姉が干渉してくることは目に見えていた。
「もともとまともな環境で育っていないものでな。誰を一人だけ生かすのか、お前が決めろ。選択の猶予をやる。三分以内に決めろ」
「くっ……」
フード越しではあるが、緑が動揺しているのが伝わってくる。
自身を生かすのか、仲間を生かすのか、それとも三人で吹雪に立ち向かうのか。
緑がどのような選択を選んでも吹雪に支障はなかった。
「なら、隣の車両にいる二人のうちどちらかを……」
緑が意を決して言葉を発しようとするが、それを遮るように車窓が豪快に割れた。
車内に暴風が入り乱れ、乗客から甲高い悲鳴が上がる。
何が起こったのか理解できていない乗客は、慌てて隣の車両に移動し始める。
乗客はパニックに陥りながらも冷静に避難していたが、吹雪と緑は身動き一つ取らなかった。気付けば吹雪の背後には二人の男性が武器を構え、殺気を放っていた。
一人は弓を構えると弦を引き、いつでも矢を放てる状況だった。
もう一人の男性は呪符を取り出して、体に呪力を纏っているのが理解できた。
「緑を開放してくれませんか?」
「断る。と言ったらどうする?」
「さもなくば貴様を殺すだけです」
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