第10話
しばらく待っていると、受付の女性が戻ってきた。
現職の陰陽師から推薦状を得られない受験者が多いのか、受付の女性は慣れた様子であった。嫌な顔をすることなく、淡々と業務を熟している。
恵まれた家柄に生まれ育った人なら、陰陽師の人脈を簡単に作ることができる。
だが、一般人や吹雪のように事情を抱えた者は、陰陽師と出会うだけで苦労する。
現職の陰陽師から推薦状を得るとなると、さらに難易度が跳ね上がる。
陰陽師が推薦状を出すということは、後見人になるということと等しいのだ。
簡単には推薦状を出したりしないはずだし、厳しい条件を提示すると予測できる。
それに推薦状を出すことによってデメリットが生じる場合もある。
推薦した者が犯罪などを犯した場合、推薦主の評価が落ちることもあり得るのだ。
推薦された受験者の今後の活躍次第で、吉にもなるし凶にもなり得る。
それでも特別枠を利用する陰陽師がいるということは、推薦主側に何かしらのメリットが存在するか、何かしらの深い事情がある場合だろう。
提示される条件次第だが、かなりの人間が
「お待たせしました。現在、ご紹介できる陰陽師の方は三名になります。資料をお持ちしましたので、ご確認下さい」
「ありがとうございます」
吹雪は資料を受け取ると、ざっと読み上げていく。
一人目の陰陽師は
賀茂家が特別枠を利用しているとは意外だった。
古き伝統を重んじる陰陽師の一族であり、土御門家や秋月家に並ぶ家柄でもある。
しかも賀茂忠則氏は九段保持者であり、陰陽師の中でも最高位の階級にいる。
陰陽師にも段級制度というものがあり、階級によって立場が全く異なる。
陰陽師の資格を取得したばかりの新人の階級は、初段に該当する。
難易度の高い仕事を熟し、昇格試験を受けるごとに階級は上がっていく。
同じ陰陽師でも最高位の九段と、最下位の初段では超えられない壁が存在する。
将棋と似ている段級制度を採用しているが、陰陽師には級位が存在しない。
昔は段位の下に級位という階級が存在したが、級位の陰陽師では鬼や妖に対処できない事例が多く、殉職してしまうことが相次いだために級位は取り潰しとなった。
段級制度とは陰陽師の技量の度合いを表すための等級制度である。
段位は初段から九段へ昇段していく仕組みになっている。
階級を一段上げるだけでも数年掛かる人もいるため、九段保持者は羨望の眼差しを向けられる傾向にある。
つまり賀茂忠則とは最高位の段位を保持している強者であり、雲の上の存在でもあるのだ。賀茂家の推薦状は特別な意味合いを兼ねている。
才能や資質だけではなく、人格など厳しい選考がなされるはず。
そんな賀茂家が特別枠を利用する理由が分からなかった。
資料には推薦状を出す条件が記載されていた。
賀茂家が取り仕切る試験に合格すること。
筆記試験、実技試験、面接を行い、三名に限り推薦状を出す。
尚、試験に合格した者は賀茂家の養子として迎え入れると、記載されていた。
「養子にならないといけないなら却下だな……」
二人目の陰陽師は
段位は六段であり、年齢は三十九歳と書かれていた。
聞いたことのない陰陽師だが、三十九歳という若さで六段を保持していることは優秀な部類に入る。こちらも推薦状を出す条件が記載されていた。
推薦状を出すには推薦主と戦い、能力を示すこと。
十名までの推薦状を出すことが可能と、資料に書かれていた。
「シンプルな条件だが、十名に推薦状を出すのか……推薦状を得られる確率も高い。悪くはない条件だが、保留だな。知らない陰陽師だし、情報が足りない……」
三人目の陰陽師は
天海家は陰陽師の界隈では知る人ぞ知る一族である。
武闘派陰陽師として名を馳せた一族であり、歴史のある一族でもある。
資料には推薦状を出す条件が記載されていなかった。
「すみません。天海家の資料に推薦状を出す条件が記載されていないのですが?」
「天海家の場合は人によって出される条件が変わるので、資料には記載されていません。天海家の推薦状をご希望ですか?」
天海家の推薦状を得るか、只野家の推薦状を得るかで悩んだ。
只野家の場合、十名に推薦状を出すと記載されていたため、推薦状を得られる確率がグンと上がる。だが、推薦状を得られなかった受験者も間違いなく狙うはずだ。
恐らく倍率が高く、推薦状の希望者で溢れていると容易に想像できた。
となると選択肢は天海家の推薦状一択になる。
天海家の推薦状を求めている受験者がどれくらいいるのか、現段階では判断のしようがないが、只野家の推薦状よりは競争率が低いと判断を下した。
「そうですね。天海家の方にお願いしたいです」
「分かりました。今、天海家に連絡を取りますので、しばらくお待ちください」
「はい」
受付の女性は天海家に電話をしているようだった。
手際の良さに驚きつつも、吹雪は再び資料に目を通していく。
資料には天海楓のプロフィールが記載されていた。
女性でありながらも九段保持者でもある。還暦を迎え、現在は六十三歳になる。
五年前に天海家当主の座を退き、今は隠居をしている身と書かれていた。
「お待たせいたしました。天海楓さまと連絡が取れました。一度、お会いしたいそうです。推薦状については会ってから決めるそうです」
「わかりました。資料に記載されている住所に向かえば良いのですか?」
「はい。明日のお昼頃に来て欲しいそうです」
「分かりました。わざわざありがとうございます」
「いえいえ。また分からないことがありましたら、気軽にお越し下さい」
「はい」
吹雪は椅子から立ち上がると、帰宅することにした。
大理石のロビーを横切り、陰陽寮を出ると再び視線をどこからか感じた。
好意的な視線ではなく、敵意が混ざり合ったような鋭い視線でもあった。
誰が尾行しているのか分からないが、用心深い人間が尾行している。
陰陽寮には入らずに、吹雪が陰陽寮から出てくるのを待っていたのであろう。
背後を振り向いたら気付かれる可能性があるため、意識だけを集中させる。
人が混雑している歩道を進んでいくが、ぴったりと背後を付いて来ていた。
一見すると通行人と勘違いするような距離を保っている。
そのため、よほど用心しなければ尾行には気付かない。
だが、異世界で戦争を経験した吹雪からすれば、粗末な尾行と言わざるを得ない。
どう対処すべきか、頭を悩ませる。周りに沢山の人がいるため、争いは避けたい。
このまま気付かないふりをするべきか、それとも今の内に排除するべきか。
これから当分の間は資格取得のために、勉強や鍛錬を行わなければならない。
いつまで監視しているつもりなのか、吹雪には分からなかった。
これでは気になって、鍛錬や勉強にも身が入らない。
早めに対処する必要がある。吹雪の直感が尾行している者を排除しろと告げていた。
しばらく悩んだが、吹雪は戦う覚悟を決める。
「通帳の残高が心もとないが、バス代と電車賃ぐらいなら仕方がないか……誰が、何のために尾行をしているのか、把握しといた方が良い。そんな気がする」
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