第9話


 学院での用事を済ませた吹雪は、人通りの少ない道を選びながら帰宅していた。

無事に学院を退学することができ、牢獄から解放されたような気分になっていた。

 同級生との人間関係に悩まなくて良いし、家族と縁を切ることもできる。

同級生や家族と和解する気は一切なく、このまま孤独の道を歩むつもりでいた。                         

 全ては腐敗した陰陽師の世界を変えるために。その為の犠牲は厭わない。

自宅に帰宅した吹雪は血まみれの衣服を脱ぎ、風呂でこびり付いた汚れを落とす。

 ついでに汚れた衣服を洗濯してから、新しい衣服に着替えた。

 

 風呂から上がった吹雪はベッドに座り、一休みすることにする。

時刻を確認すると正午を少しばかり回った所であった。

 一ヵ月半もの間を入院していたため、金欠状態が続いていた。

そのため、空腹になっても昼食は我慢するしかなかった。

 家族に頼りたくない吹雪は、貯金が底を突く前に働く必要があった。


 現在の貯金では一ヵ月も生活できないのが現状で、これ以上は先延ばしにできない問題でもあった。現実は厳しく、世間の荒波に揉まれているような気分に陥る。

 通帳の残高を確認した吹雪は、盛大に溜息を零した。

陰陽師を生業として生きていくには陰陽寮にて陰陽師の資格を取得するしかない。

 陰陽寮とは端的に説明すると、役所のような場所である。

主な仕事は行政事務だが、陰陽師に仕事を斡旋したり、災害時に陰陽師を派遣したり、陰陽師の資格を取得するための試験を行ったりと、色々なことを行っている。

 鬼や妖を発見した場合も警察ではなく、陰陽寮に連絡するが常識である。

陰陽寮は警察と肩を並べる規模の組織であり、妖や鬼を裁ける唯一の機関である。

 

 一休みした吹雪は玄関に向かうと、動きやすい靴を履く。

陰陽寮に向かうために玄関を開けると、粘りつくような視線を感じた。

 一見すると辺りには誰もいないが、完全に気配を消せていない。

学院の関係者が監視していると察した吹雪は、気付かないふりをする。

 学院から帰宅している時も尾行されていることには気付いてはいたが、何が目的なのか分からなかったために放置していた。

 道路を挟んだ向かい側の木々の茂みに隠れているのが一人、アパートの屋根の上に一人、そして電柱の奥に隠れているのが一人。計三人が吹雪を監視していた。


 「さて……行きますか」


 学院で派手に暴れたことを考慮すれば、学院側の人間に目を付けられても致し方ない。今の所、監視している三人は吹雪に接触するような気配は見せなかった。

 放っておいても害はないと判断を下した吹雪は、欠伸をしながら人通りの少ない歩道を進んでいく。尾行に気付かれるような力量では、吹雪を倒すことはできない。

 念のために警戒はしておくが、吹雪は油断も慢心もしない。


 通帳の残高が残り少ないため、電車もバスも利用できなかった。

吹雪の住んでいるアパートは市街地から離れた山奥にある。

 そのため、普通の人であれば徒歩で陰陽寮に向かうには少しばかり無理がある。

だが、異世界での経験がある吹雪は、三・四時間歩き続けることが苦にならない。

 異世界では電車もバスもなく、徒歩か馬車で移動することが多かった。


 尾行している三人は、吹雪に悟られないように距離を置きながら付いてきていた。

姿は見せないが気配を感じ取ることができるため、吹雪には全てが筒抜けだった。

 未熟な尾行技術だと呆れる。尾行しているのが学生の可能性も否めない。

ふと、そんなことを考えながら歩いていると、市街地が見えてきた。

 

 「やっと見えてきたな……」


 ひたすら歩道を歩き続けると、アーケードに覆われた商店街に辿り着く。

買い物途中の主婦や商店街を走り回る小学生の姿が見られる。

 沢山の人が往来しているため、人にぶつからないように隅っこを歩き続ける。

商店街を抜け、街の中心部に向かうと大きな建物が見えてきた。

 ガラス張りの高層ビルが建ち並び、建物の周囲には厳重な結界が張られていた。

詳しいことは知らないが、特別な結界だと聞いたことがある。

 鬼や妖の侵入を防ぐためのものであり、人間には害は及ばない。

その中でも最もセキュリティーを強化している建物が陰陽寮である。

 

 一見するとガラス張りの高層ビルだが、厳重な結界が施され、さらに屈強な警備員が配置され、セキュリティーは万全の状態である。

 何よりも驚いたのが陰陽寮を往来する人の多さだ。

スーツ姿の男女、和服姿の陰陽師など、様々な人が陰陽寮を訪れていた。

 吹雪は人混みに紛れるように陰陽寮のビルに入り込んだ。


 大理石のロビーを横切り、受付うけつけに並んだ。

人が混雑しているため、順番が回ってくるのに時間が掛かりそうだ。

 陰陽寮に訪れた理由は、陰陽師の資格を取得するための試験の詳細を知るため。

もし、すぐにでも試験を受けられるのであれば、早急に試験を受けたい。

 資格を取得できるか、できないのか、吹雪の今後の人生を大きく左右すると言っても過言ではない。岐路に立たされている吹雪は、何としても資格を得る必要がある。

 

 「次の方。どうぞ」

 「あ、はい」

 

 思考に没頭しているうちに、吹雪の順番が回ってきた。

受付の女性に呼ばれたので、受付カウンターに向かった。

 

 「本日はどのような用件で陰陽寮にいらしたのですか?」

 「陰陽師の資格を取得したいと思い、陰陽寮に来ました。試験の日時や、試験に必要な物などを知りたいです」

 「試験は月に一度行っています。第一次試験、第二次試験に受かる必要があります。第一次試験は筆記試験になり、第三土曜日の九時から開始され、お昼頃に終わる予定です。第二次試験については、今はお答えできません」

 

 毎月第三土曜日ならいつでも試験を受けることが可能だと知り、吹雪は安堵の息を漏らす。今日は八月十日であり、第三土曜日まで少しばかりの猶予がある。

 第二次試験については、第一次試験に合格しないと詳細を教えることができないという意味なのであろう。問題は今の吹雪でも受験することが可能なのか。

 学院を退学しているため、後ろ盾が何もないのだ。

 

 「分かりました。受験に年齢制限などはありますか?誰でも試験を受けることが可能なのですか?」

 「現在、年齢制限はございません。誰でも試験を受けることが可能です。ただ、現職の陰陽師の方の推薦状が必要になります」

 「現職の陰陽師に知り合いがいない場合は、どのようにすれば良いのでしょうか?他に方法があれば教えて下さい」

 「推薦状が得られない試験希望者も稀にいますので、ご安心下さい。その場合、特別枠を設けています」

 

 特別枠。初めて聞く内容だった。

推薦状を得られなかった受験者に対する救済措置と考えて良いだろう。

 学院を退学し、後ろ盾が何もない吹雪には打って付けの措置であった。


 「特別枠とは?」

 「陰陽寮を通じて、推薦状を得られなかった受験者に現職の陰陽師の方を紹介するシステムがあります。そして現職の陰陽師の方が提示する条件をクリアすることにより、推薦状が得られます」

 「なるほど。陰陽師の方が提示する条件とは?」

 「それはご紹介する陰陽師の方によって、異なる条件を提示しますのでお答えできません。特別枠をご利用しますか?」


 推薦状を得られなかった吹雪に、現職の陰陽師を紹介してくれるという。

吹雪のように人脈のない人間には願ってもないチャンスであることは理解できた。

 だが、現職の陰陽師にどのようなメリットがあるのだろうか。

なぜ、弟子でもない人間に推薦状を与えるのか理解できなかった。

 

 「特別枠を利用したいと考えていますが、現職の陰陽師の方にどのようなメリットがあるのです?推薦状を出すことで何かメリットが発生するのですか?」

 「それは陰陽師の方によって考え方が異なるので何とも言えません。例えば陰陽師の方が自身の技術を受け継いでくれる後継者を探していたりする場合もあります。他にも様々な事情を抱えている陰陽師の方もいらっしゃいますので、一概に答えることができません」

 

 つまり推薦状を貰うには厳しい条件が提示されると、容易に推測できる。

ボランティア活動ではないと理解した吹雪は、受付の女性に問い掛ける。


 「なるほど。特別枠を利用する場合、俺にはどのような陰陽師の方を紹介してくれるのです?」

 「資料をお持ちいたしますので、少しお待ちください」


 

 

 


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