第8話
吹雪が学院から去ると、茫然と固まっていた生徒たちが騒ぎ出した。
腰を抜かして呼吸を再開させる者、現状を受け入れることができずに泣き出す者。
完全にパニックに陥っている者。生徒たちの反応は様々であった。
「海鈴先輩!!そんな……酷い。ここまでやるなんて……」
一人の女子生徒が頭部を失った死体に駆け寄るが、体は冷たくなっていた。
すでに手遅れだと理解した女子生徒は、顔を真っ青にして俯く。
血だまりが広がり、騒がしかった生徒たちは誰もが言葉を失っていた。
静寂が辺りを包み込む中、女子生徒は違和感を感じて怪訝な表情を浮かべる。
抱きかかえている死体の心臓がドクンと脈を打つのが伝わってきたのだ。
そして時間を巻き戻すように、切断されていたはずの首がもとに戻っていく。
吹雪がいなくなるのを見計らってから、殺されたはずの彼女は呼吸を再開させた。
「ゴホッ……ゴホッ……」
吐血しながらも呼吸を再開させた彼女は、朦朧とする意識を必死に繋ぎ止める。 全力で戦ったにも拘わらず手も足も出せなかったと、悔しさを滲ませる。
彼女は吹雪と戦う前に三枚の呪符を取り出し、三つの呪術を発動させていた。
一枚目の呪符は九尾狐を召喚するための呪符である。
だが、二枚目と三枚目の呪符は、吹雪に気付かれないようにこっそりと使用していた。二枚目の呪符は二体目の式神を召喚して救援を呼びに行かせるものである。
そして三枚目の呪符では身代わりの術を行使していた。
吹雪に気付かれないように細心の注意を払い、密かに術を行使していたことが功を奏した。胴体と頭蓋は見事に切断され、一見すると死んだように見えていたはず。
身代わりの術は保険のつもりだったが、命を救われた思いだった。
念の為に身代わりの術を行使していたことが、彼女を生き長らえさせた。
一生分の運を使い果たした気分に陥ったが、落ち込んでもいられなかった。
「良かった。海鈴先輩!無事だったのですね?もう駄目かと思いました」
「あなたは麗華……?」
女子生徒が安堵の表情を浮かべながら、海鈴の体を抱きかかえていた。
後輩である
真っ黒なロングヘアーの麗華は、大きな瞳を潤ませていた。
「はい、麗華です。でも一体なにが起こったのです?海鈴先輩が殺されたところを私は見ていました。奇跡が起こったのでしょうか?」
「身代わりの術を使ったの。代償は大きかったけど、ギリギリのところで命を繋いだみたい」
改めて保険をかけておいて良かったと、海鈴は心から思う。
吹雪に二枚目と三枚目の呪符の効果を知られる訳にはいかなかった。
吹雪に気付かれる可能性も考慮し、やむを得ず未熟な学生を演じる羽目に陥った。迫真の演技だったと苦笑いするしかなかった。
誇りや自尊心、海鈴が築き上げてきたもの全てを捨てざるを得なかった。
そこまでしなければ生き残ることができなかった。
吹雪と全力で戦い、力の差を痛感した。
一介の学生が成せる業ではないと、警鐘が鳴り響く。
「彼は危険ね……」
海鈴はグラウンドの惨状を見渡し、言葉を失っていた。
まるで荒れ果てた戦場の跡地かと錯覚するような惨状だった。
あちこちに氷塊が発生し、氷漬けになっていた。
未だに天候が荒れ、雨と風がふぶいていた。
少しでも選択肢を誤っていたら殺されていた。
吹雪との戦闘を思い出す度に、体が震えた。
「
「ええ、大丈夫よ。でも救援が少し遅いわ」
慌てて海鈴に近寄ってきたのは、教師である
和服を身に纏ったスキンヘッドの強面だが、信頼のできる教師である。
代々から
「いったい何があったのです?」
「学院の生徒が三人も殺されたわ。私は犯人を止めようとしたのだけど、手も足も出せなかったわ……」
「なっ……本当ですか?風紀委員である海鈴お嬢さまが手も足も出せないとは……」
久敏が驚くのも無理はない。
海鈴は芦屋家の後継者であるとともに、学院の風紀委員を務めている。
常に成績上位を維持し、学院内では次期生徒会長の座に最も近い存在とまで言われていた。若干十七歳にて格の高い九尾弧と契約することに成功し、順風満帆な学院生活を送っていた。海鈴に敵う者などいない。そう信じて疑わなかった。
だけど吹雪と出会い、吹雪と戦い、全ての価値観を塗り替えられた。
井の中の蛙……。海鈴は唇を噛み締めながら悔しさを滲ませる。
「九尾!!いつまでそこにいるつもり?」
『役に立てず、すまぬな』
「相手が相手だから仕方がないわ」
氷塊に閉じ込められたはずの九尾弧は、何事もなかったかのように深紅の炎を顕現させる。徐々に氷塊が溶けていき、九尾弧は簡単に氷塊から抜け出していた。
吹雪との戦闘では僅かなやり取りしかしていないが、かなりの呪力を消耗した。
まるで戦争に参加しているような気疲れを感じていた。
生きていることを実感し、安堵の息が漏れる。
海鈴は先ほど戦った少年が何者なのか気になっていたが、あまり深入りはしない方が良いと直感的に悟る。彼とは敵対しない方が良い。
人を殺すことに一切の躊躇いを見せなった。
人の命を軽く見ている証拠だ。それに人を殺しても表情一つ変えなかった。
人を殺すことに慣れている。海鈴の脳裏では未だに警鐘が鳴り響いていた。
「九尾!傷はどう?」
『安心すると良い。大した傷ではない』
「そう、なら良かったわ」
『先ほどの人間は何者だ?』
海鈴は思考を働かせるが、九尾弧の問いに答えることはできなかった。
彼とは初対面である。学院の生徒は全員の顔と名前を記憶している。
だが、記憶を探っても彼のことを思い出せなかった。
さらさらとした白髪のロングヘアーに、一見すると女の子のような容姿であった。
鍛え上げられた肉体に、憎悪など負の感情が籠った鋭い視線が印象的であった。
一度見たら忘れられないインパクトのある容姿でもあった。
「……分からないわ。学院の生徒なのかさえ疑問だわ」
『今後は彼と関わるでない。今のお主では逆立ちしても敵わん』
「分かっているわ。自分の無力さを痛感しているところよ……」
『分かっているなら良い』
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