第7話

 式神が現世に留まっていられる時間は、術者の力量によって変わる。

熟練の術者ならば二・三日の間は、式神を現世に留めておくことができる。

 だが、未熟な術者は僅か数分維持するだけで大量の呪力を失う。

彼女の場合は明らかに後者であり、身の丈に合わない召喚術を行っている。

 九尾狐が現世に留まっていられる時間は、せいぜい五分といったところだろう。

それに九尾狐は格の高い式神であり、彼女が九尾狐を制御できるとは思えない。

 もしかしたら五分もの間を維持することさえもできないかもしれない。


 遠目から彼女を窺うと、呼吸を荒げていた。

大量に呪力を消耗しているのか、顔色も良くない。

 残念ながら彼女では吹雪を倒すことは不可能だ。

彼女は不利な状況に追い込まれたと悟り、分の悪い賭けに出たのだ。

 戦闘経験が浅いだけではなく、冷静な判断も下せていない。


 「所詮は箱入り娘ってとこかな……」


 吹雪は翼を羽ばたかせ、視界を覆っている土煙を吹き飛ばす。

視界が晴れると、地面が豪快に抉れているのが分かった。

 地表がマグマのように赤黒く染まり、凄まじい熱気を放っていた。

あちこちから湯気のような煙が上がり、地割れが広がっていく。

 巨大なクレーターの中心で吹雪は、魔力を少しだけ開放する。

 

 九尾狐の攻撃力は侮れない。

だが、この程度の戦闘なら異世界で嫌というほど経験してきた。

 幾つもの死線をくぐり抜け、生死の境をくぐり抜けたこともあった。

彼女は吹雪が無傷でいることに驚愕し、茫然と立ち竦んでいた。

 互いの力量を正確に把握できない所か、戦況も見極めることができていない。

これ以上は時間の無駄である。相手にしていられない。

 所詮は未熟な学生である。経験の差が顕著に表れていた。

吹雪は溜息を吐くと、戦闘を終わらせるために素早く九尾の弧に迫る。


 「あいにく時間がない。この茶番を早急に終わらせよう」


 九尾狐の眼前に迫ると、鉄扇を横薙ぎに振るった。

一撃、二撃、三撃。怒涛の勢いで攻撃を繰り返す。

 華麗に舞う踊り子のように、鮮やかな動きで九尾弧を翻弄する。

鉄扇を振るう度に冷気が発生し、九尾狐の炎を弱体化させていく。

 九尾狐は彼女に結界を張り、彼女が傷つかないように配慮しながら戦っている。

敵に欠点を曝け出しているだけではなく、彼女は九尾狐の足を引っ張っていた。

 そして彼女はそのことに気付いていない。

学院という狭い世界で己惚れてきた証拠でもある。

 吹雪は溜息を吐きながら魔術を展開させ、氷柱を顕現させる。


 「終わりだ」


 もちろん狙いは術者である彼女である。

九尾弧が彼女を庇いながら戦っているのは誰の目から見ても明らかである。

 九尾弧を現世に留めることに精一杯の彼女は、吹雪の攻撃を避けることもできない。そして九尾弧が彼女を庇うことも自然と予測できる。

 戦闘において敵の弱みを突くことは恥ではない。

正々堂々とした勝負など存在しない。生き残るための戦いなのだ。

 吹雪は結界を容易く破ることのできる大規模な氷柱を発生させる。

炎の結界では防げないと判断したのか、九尾狐は身を挺して彼女を守っていた。

 巨大な氷柱が九尾の狐の体を貫き、彼女が悲鳴を上げる。

 

 「九尾っ……!!」


 九尾狐が彼女の声に反応し、一瞬の隙ができる。

吹雪はその隙を見逃すことなく、素早く九尾の狐の懐に潜り込んだ。

 そして鉄扇を振るい、再び冷気を発生させる。

一瞬で九尾狐の前脚が凍り付き、機動力を奪うことに成功する。

 彼女が近くにいるせいで、九尾狐は反撃に転じることもできない。

彼女を守ることで手一杯なのだと、容易に察しが付く。

 いかに神聖な獣である九尾狐であっても、使い熟せなければ意味はない。


 「未熟な術者が主だと色々と大変だな。九尾狐よ」


 吹雪は素早く九尾の狐の上空に跳躍し、鉄扇を鮮やかに振るう。

大量の冷気が押し寄せ、九尾狐は反撃もできずに氷塊に閉じ込められていった。

 あっという間に決着がつき、彼女は愕然としていた。

彼女は切り札である式神を封じられ、完全に戦意を喪失していた。

 顔を真っ青にしながら怯え、焦点が定まっていない。

彼女の自尊心をズタズタにして、再起不能に追い込んだ。


 「これが学院の教育の限界なのだよ。井の中の蛙って言われたことない?

意味が分からないなら辞書で調べると良い」

 「あぁ……そんな……なんで……?」

 「俺に敵意を向けた以上、その報いは受けて貰う。あの世で後悔することだな」

 

 彼女は何が起こっているのか、理解できていないようだった。

現実を受け入れることができずに、茫然と佇んでいた。

 吹雪はゆっくりとした足取りで彼女に近付き、鉄扇で彼女の首を撥ねた。

彼女の体から血が溢れ出し、大量の返り血を浴びる。

 首を失った彼女の体は、ゆっくりと崩れ落ちた。


 「次はお前らだ。覚悟はできているな?」

 「まっ……待ってくれ。金なら幾らでも払う。だから許してくれ」

 「おいおい。それでも陰陽師の端くれかよ?情けない」

 

 仁と万次郎の媚びを売るような態度に、不快感を感じずにはいられない。

全ては因果応報である。自分たちの日頃の行いの悪さを恨むしかない。

 吹雪は二人に近付くと、鉄扇を鮮やかに振るった。

二人の体が凍り付いていき、あっという間に氷塊に閉じ込められていた。

 

 「安らかに眠ってくれ」


 吹雪は中指と親指を重ね合わせると、指を鳴らした。

すると仁と万次郎を閉じ込めた氷塊に亀裂が入りはじめる。

 次第に亀裂が大きくなり、ガラスが粉々に割れるように氷塊が弾けた。

仁と万次郎の死体は、塵となって消え去った。

 吹雪は黙祷を捧げると、グラウンドをぐるりと見まわした。

気付けば何人かの生徒が茫然と立ち竦んでいた。

 グラウンドで鍛錬を行っていた生徒だと理解した吹雪は、彼らに問い掛ける。

 

 「お前らもやるのか?俺はどちらでも構わないが?」

 「……」


 生徒たちは無反応だった。

吹雪の能力を目の当たりにして、唖然としているようだった。

 戦う意思がないのであれば、これ以上は学院にいる必要はない。

吹雪はゆっくりとした足取りでグラウンドを横切り、学院を後にする。

 

 



 


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