第2話
意識が目覚めてから一週間が経過したが、何事もなく過ごせていた。
穏やかで平和な日々を久しぶりに享受し、異世界で蓄積された疲労が癒されていく。一ヵ月も眠っていた実感がないため、相変わらず違和感は拭えない。
だが、時間の経過とともに慣れるであろうと、楽観的な思考になっていた。
体や脳に異常はなく、食欲もあった。
念のために精密検査を受けたが、問題はないとのこと。
医者も驚くほどの回復ぶりだったらしく、明日には退院できることになった。
本来であれば担当医と吹雪の家族が話し合いを行った上で、退院の日時を決める予定だったらしいのだが、吹雪の家族は話し合いには応じなかった。
何度も吹雪の意識が回復したと連絡したみたいだが、家族の対応は冷淡な反応だったようだ。息子である吹雪が入院しているというのに未だに連絡をしてこない。
その上、見舞いにも来る気配すらも見せなかった。
陰陽師の才能がない吹雪は、とっくの昔に家族から見限られていた。
秋月家は長い歴史と由緒正しい伝統のある名家の一つである。
代々陰陽師を生業とし、政治にも多大な影響力を持つ一族でもある。
幼い頃は秋月家の後継者として将来を嘱望され、厳しい英才教育を施された。
だが、吹雪は十歳の時に式神の召喚に失敗しただけではなく、陰陽師として生きていくために必須である呪力がないことが判明した。
呪力がなければ呪術を扱うことができず、将来を嘱望されていた吹雪にとっては致命的な欠陥でもあった。
炎を自在に操る者、空を自在に飛ぶ者、未来を予知する占い術。
様々な呪術があるにも拘らず、吹雪には無縁の世界であることが判明したのだ。
僅か十歳で後継者候補から外され、家族から不遇の扱いを受けることになった。
最低限の生活は保障されていたが、貧しい生活を強いられていた。
異世界に召喚されるまでの吹雪は、自身の才に気付くこともなかった。
ただただ無気力な生活を送り、人生を諦めていた。
見下され、侮蔑されても何も言い返すことができなかった。
次第に家族の態度が変わっていき、暴力の的にされることも増えていった。
何とか学院には通わせて貰っていたが、学院でもいじめの対象になる始末。
陰陽師の世界には徹底した能力主義の風潮があり、弱者は地べたを這いつくばるしかない。だからと言って、吹雪はこのまま落ちぶれる気はなかった。
異世界で過ごした十一年は濃厚な日々の繰り返しで、嫌でも成長せざるを得なかった。かつては気弱で人を避けるような性格だった吹雪だが、異世界で生活を送っているうちに人を思いやることを学び、人との縁を大切にするようになっていた。
仲間には思いやりを持って接するが、その一方で敵には情け容赦のない性格に様変わりしていた。それが異世界で生き残る唯一の方法でもあった。
異世界から帰還した吹雪は、陰陽師としてやっていける自信があった。
家族を見返すとか復讐を望んでいる訳ではないが、一矢報いても罰は当たらないのではないかと怪しい笑みを浮かべる。
心の奥底では未だに家族や周りの人間を憎んでいるのかもしれない。
異世界で成長したと言っても、精神年齢はまだ二十六歳である。
まだ大人になりきれていない部分があると自覚し、溜息を零した。
正直な所、自分でもどうしたいのか良く分からなかったのだ。
自ら進んで復讐をするつもりはないが、家族や周りの人間が敵対するような行動をとった時に理性を保つことができるのか不安でもあった。
異世界では弱肉強食の掟があり、敵対する者には容赦をしてこなかった。
例え、それが人間であっても例外なく殺めてきた。
それが異世界で生き残る唯一の方法であり、吹雪の価値観を歪める原因でもあった。吹雪に自覚はないが、目的を達成させるためだったら自らの手を汚すことも厭わない性格になっていた。
過去の吹雪を知っている人間が、今の吹雪を見たら驚くことは間違いない。
それよりも異世界で手に入れた力がこの世界でも通用するのか確かめる必要性があった。異世界での記憶は確かに存在するが、問題なのはステータスである。
「ステータス……」
誰にも聞かれないように小声で呟き、目の前に顕現した半透明状のボードを見詰める。異世界では誰もが当たり前に持つ能力であるステータスボードだ。
自身のステータスを可視化できるだけではなく、成長の過程を知ることができる。異世界では身分証明書としても使われ、便利な能力の一つである。
〈各種ステータス〉
名前:
種族:人間
職業:踊り子・陰陽師見習い
レベル:169
体力:20010
魔力:19860
筋力:15609
耐久:20009
敏捷:39810
器用:30084
精神力:2094
運:32
能力:仙術 氷魔術 剣術 体術 棒術 斧術
馬術 弓術 槍術 扇術
相変わらず運の数値が極端に低いが、あまり気にならなかった。
運とは生まれ持ってのものであり、どんなに努力しても上がることがない。
魔王を倒しても運の数値だけは変わらなかった。もとの世界に戻ることで運の数値に変化がある可能性に期待したが、ステータスの数値に変化はなかった。
だが、悪いことばかりではない。
こちらの世界に帰還しても能力が引き継がれていることに、ホッと胸を撫で下ろす。
どうやら異世界で学んだことは無駄にはならなかったようだ。
「こちらの世界に戻ってきても職業は変わらず踊り子か。まぁ、良いけど」
魔王討伐のために異世界に召喚されたのだ。
当初は自身の職業が勇者だとばかり思い込んでいたが、その期待は見事に裏切られた。吹雪は不運にも踊り子という職業であることが判明したのだ。
異世界に召喚されても吹雪の不運は変わらなかった。
当初は不遇職として扱われ、粗雑な扱いを受けた。
アルステムダム王国の誰もが召喚に失敗したと思い込んでいた。
だが、死に物狂いで自身を鍛え抜き、不遇職である踊り子を開花させ、血の滲むような努力の末、魔王と戦えるまでに至った。
努力はいつの日か実を結ぶことを学び、成長の糧とすることができたのだ。
そして争いに身を投じることで、徐々に周りの人々からの評価を覆していった。
最終的には魔王討伐という偉業を成し遂げ、英雄と謳われるまでに至った。
「能力も異世界にいた時のままのようだな」
十一年間の努力の結晶が今のステータスである。
ステータスを可視化できることにより、努力の方向性を理解できるようになった。
それに努力を行えば行うほど成果を確認でき、成長を実感できる。
これほど素晴らしいシステムは他になかった。
不遇職である踊り子を開花させるために、様々なことに挑戦した。
剣術、体術、槍術、棒術、弓術、扇術、など様々なことを学んだ。
そして魔王を倒したことでステータスも格段と上昇していた。
「問題は
一見すると平和に見える日本だが、獰猛な妖や鬼が跋扈している。
妖や鬼は人間の肉や魂を喰らう習性があるため、陰陽師は一般人を守る義務がある。
陰陽師がいなければ食物連鎖の頂点は、あっという間に鬼や妖になっている。
吹雪は鬼や妖と遭遇したことはないが、学院の授業で危険な生き物だと教わっていた。だが、吹雪には異世界での経験があるため、魔物と戦うことと大差はないと考えていた。もし仮に鬼や妖に遭遇しても、問題なく対処が取れると信じていた。
思考に没頭している間に夜が更けていく。
気付いたら朝を迎え、退院することになった。
一人暮らしをしていたアパートに、久しぶりに帰宅することにした。
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