好き
「なら、好きですか? 私のこと……」
「うん……うん!? え? はっ?」
思いもよらぬ質問をされ、俺は驚嘆していた。
咄嗟のことで、新喜劇を彷彿とさせる大仰なリアクションを取ってしまう。
目を見開き、ぽかんと口を開けると、
「……好き、なんですか?」
「え、えっと……なんて言ったらいいかな……」
突然の込み入った質問。言い間違えた訳ではなさそうだ。
布団で鼻から下まで隠している。しかしそれでも分かるほど、玲奈の顔は真っ赤になっていた。
「私は……好きですよ
「……ッ……そ、そう、なの?」
「はい。浩人くんの笑顔が好きです。見ていると、私まで幸せになります」
「……ね、熱のせいでおかしくなってない?」
「おかしくなってないです。本当はずっと言いたかった……けど、私、素直になるのが苦手で……いつもツンケンしちゃうんです」
罪の告白をするみたいに、訥々と語り始める玲奈。ちらっと俺を見る瞳は、わずかに潤んでいた。
ツンケン? そんなことしてたか……?
「世間では、私みたいな愚か者をツンデレと言うそうです」
「愚か者って……少なくとも、玲奈はツンデレとかではないと思うよ」
「いいえ絶対そうです。私、全然自分に素直になれなくて……」
「え、えっと……ツンデレを自称するなら、今はなんでこんな赤裸々なのかな……」
玲奈のことをツンデレと思ったことはない。
けれど、もしそうだとすれば、今の彼女の言動は不自然だった。なんら
おかげで、今の俺は玲奈より顔が赤い。多分。
「熱の副作用です。私、熱を出すとツンデレじゃなくなるんです」
「……そ、そうなんだ……」
「だから多分、熱が引いたら死ぬほど後悔します。そして多分死にます」
「早まるなよ!?」
淡々と、熱が引いた後の予想を話し始める。
ツンデレを自称しているが、玲奈にその気質は感じない。とはいえ、彼女の話を信用するならば、熱状態にある玲奈は、ツンデレではなくデレデレということだろうか。自分で言っててなに言ってるんだろうって感じだけど。うん。
「どうせ後悔するので、もう好き放題言いますが」
「……え、お、おぉ」
「浩人くんのことが、好きです。多分、一目惚れみたいなものだと思います」
「……っ。一目惚れって……多分それ、吊り橋効果みたいなやつじゃないかな」
迷いなく吐露する玲奈。
一目惚れ、その発言を受けて、俺は入試の日を思い出していた。
俺と玲奈のファーストコンタクトは、痴漢の存在に起因する。
俺が痴漢を撃退して、その後に接点を持った。だとすればそれは、吊り橋効果に近い気がする。
しかし玲奈は、首を横に振って強く否定した。
「違います! 確かに、浩人くんには……痴漢から私を助けて貰いました。でもそれだけで惚れるほど、私チョロくないですっ」
「そ、そう言われてもな」
「覚えてますか。浩人くん、私にホッカイロくれたんです」
「え、あぁうん。覚えてるよ」
「入試で不安だった私に、なんでかそれは凄く勇気を貰えるもので。……なんか気づいたら、入試中もずっと浩人くんのことが脳裏をよぎって、大事なときはいつもヘマしちゃうんですけど……不思議と自分に自信が持てて……入試が終わった後も同じで、気がついたら寝ても覚めても、浩人くんのことばっかり考えるようになってました」
臆することなく、包み隠さず、赤裸々に打ち明けてくれる。
それはそれで、チョロいんじゃないかと思ったけれど、下手にツッコむのはやめた。
というか、俺が照れ臭くなって……まともに喋れなくなっていた。
「浩人くんは……私のこと好きですか? 少しくらい、良く思ってくれてますか?」
真っ赤な顔で俯いてしまうも、玲奈がそれを許してくれない。
追撃するように、再度その質問を投げてきた。
「…………」
直接言葉にするだけの気合いが足りず、俺は小さく、本当に小さく首を縦に下ろす。
ツンデレ云々はさておき、熱状態の玲奈手強すぎる……。
玲奈は俺が頷いたのを見届けると、潤んだ瞳を向けてくる。
「私が、カノジョじゃダメですか? 私じゃ、ダメですか?」
「……ッ……だ、だめじゃないです」
半ば押し切られる形で、俺は返事をした。
心拍の上昇が止まらない。風邪のお見舞いに来た結果、こんな展開になるとは予想すらしていなかった。
「……っ。げ、言質取りましたからね。クーリングオフとか効きませんから!」
「う、うん」
玲奈はだらしなく頬を緩ませると、そのまま破顔した。熱のせいか、別の原因かは分からないが、顔は真っ赤だった。今、玲奈の熱を測ったら三十九度近い気がする。
俺も俺で、熱を出しそうになる中、玲奈が布団から右手を出してくる。
「手、握ってほしいです」
「……わ、わかった」
言われるがまま、彼女の手を握る。
「面倒だとは思うんですけど……私が寝るまでこのままでもいいですか? ずっと、浩人くんとこうしたかったんです」
「……俺で良ければ、寝た後もずっと握ってるよ」
「ふふっ、嬉しいです」
玲奈はふわりと微笑むと、まぶたをゆっくりと落とした。
突然、舞い起こった展開に、いまだ脳の理解が追いつきそうにない俺だった。
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