お宅訪問

 なんやかんやあって、玲奈とゴールデンウィークに遊園地に行くことになった。

 そして瞬く間に時間は過ぎていき、ついに当日。五月五日。ゴールデンウィークの最終日でもある今日に、遊園地へと出かけることになっていた。


 女子と二人きりで、遊園地など俺史上初の快挙である。一応はやっぱりデートというカテゴリーに入るのだろうか。中々どうして落ち着かない。


 キョドってたら気持ち悪いよな。

 平常心……そう、平常心だ。


 そう自分の心に言い聞かせていた時だった。


 アップテンポの着信音が俺の部屋に響く。

 俺は仰々しく目を見開くと、スマホに目を落とす。液晶に表示された名前を確認して、通話に出た。


「……は、はい」


 恐る恐る、声を出す。

 すると、スマホ越しに聞こえてきたのは低い男性の声だった。


「あぁ井之丸くんとかいうのはキミであってるかな」


「なに言ってるんですかマスター。一応、貴方のお店で一か月働かせてもらってる者なんですけど」


「すまない。興味のない人間のことはすぐに忘れてしまう傾向があるのだよ。許してくれ」


「そうですか。興味持ってもらえるよう頑張ります」


「嫌味が効かないのキミには」


「それで、なにか用ですか? 分かってると思いますけど、今日はバイトには出られないですからね」


 スマホ越しにいるマスターに向かって告げる。

 しかしマスターからの返答はない。数秒間の沈黙が流れた。


 まさか本当に人手が欲しいのか? そう思考を巡らせた刹那、マスターは躊躇い気味に口を開いた。


「実はだな、玲奈が熱を出してしまったのだ」


「え? 熱って、大丈夫ですか?」


「あぁ、まぁ珍しいことじゃない。特に遠足や行事が近づくと、大体こうだ。とはいえ最近は、この熱を出す癖も鳴りを潜めていたのだがな」


 マスターのため息が聞こえる。

 知らなかったとはいえ、玲奈が熱を出したのは、俺に原因がある。そう解釈して仕方のない展開だった。


 俺がつい黙ってしまうと、マスターが続けた。


「いや別に井之丸君を責めてるわけじゃない。で、あーその、なんだ……」


 マスターが珍しく歯切れの悪い様子を見せる。

 俺はマスターの意図を察して、


「分かりました。熱を出した玲奈を連れ回すわけにいきませんしね」


「ん、あぁそうなんだが……その、それが言いたいのではなくてだな」


 言い淀むマスター。俺は、マスターが何を言おうとしているのか、汲み取ることができない。


 しばらく無言のまま待っていると、憎々しげな声がやってきた。



「実に不本意なのだが……玲奈の見舞いに来てはくれないだろうか」




 ★



『言っておくが、妙な真似はするなよ。玲奈きっての希望で私は喫茶店の方に行くが、決して間違いだけは起こすな。いいな? もし何かあったら、タダじゃおかないからな。それと、何かあったらすぐに私に連絡してくれ』


 マスターに教えられた住所。喫茶店からそれほど遠くない場所にある胡桃色を基調としたの一軒家。マスターは、気迫たっぷりにそう言い残すと、仕事場である喫茶店へと向かっていった。


 あの親バカが、娘より仕事を優先するとは思えない。ただ、恐らくは玲奈が「私はいいですから、仕事してください」とでも言ったのだろう。

 そこで苦悩したマスターが、玲奈の看病人として俺を抜擢したといった所だろうか。


 玲奈のお母さんは、今は自宅にいないみたいだしな。


 俺は、コンビニで適当に買い揃えてきた看病アイテムを片手に、玲奈の部屋に向かう。扉の中央部分に、『RENA』と、アルファベット表記で作られた看板が立て掛けられている。手作り感が前面に押し出され、煌びやかな装飾が施されていた。


 トントン、と軽めに扉をノックする。


「はい」


 許可を得たので、早速扉を開けた。


「……なんですかお父さん。仕事に行ってと言いま」


「おはよう。玲奈」


「ひ……浩人くん……? ど、どうして……」


「どうしてって、マスターに頼まれたんだけど。あれ、聞いてなかった?」


 まるで、ツチノコでも発見したかのごとく、驚愕する玲奈。

 布団を引き寄せ、まぶたの辺りまで覆い隠す。


 と、突然ぶつぶつと独り言を始めた。


「そ、そうです。夢です。夢ですよコレは。私、浩人くんに会いたいばっかりに、夢見てるんですね。……だって、浩人くんが私の部屋に来るとかおかしいですもんね。グッジョブ、脳。中々良い仕事します」


「え、えっと夢じゃないよ。ほら」


 俺は玲奈の元へと向かうと、熱の度合いを確認する目的も含めて、額へと手を伸ばす。熱いな。三十八度前半って言ったところだろうか。


「……えぅ。じ、実体を伴う夢って、それもう現実なんじゃ……」


「だから現実だってば。てか、どんどん熱くなってるけど、平気?」


 もの凄い速度で、熱が上がる玲奈。

 俺は慌てて、額から手を外し、コンビニで買ってきたスポーツドリンクを取り出す。「飲んで」と差し出すと、玲奈は少しだけ上半身を起こして、ちびりと口の中に含んだ。


「味覚まで働いている……なにこれ……こんな夢初めて」


「うんだから、現実だよ。どうしたら信じてくれるのかな」


 なぜか、今目の前で起きていることを夢だと信じて疑わない。

 俺が困ったように笑うと、玲奈はぷるぷると首を横に振った。


「あ、あり得ないです。私、大事な約束を熱でドタキャンして、絶対浩人くんに嫌われて……」


「なに言ってんだよ。そんなんで嫌うわけないじゃん」


「ホントですか?」


「ホントだよ」


「なら、好きですか? 私のこと……」


「うん……うん!? え? はっ?」


 思わぬ質問が飛んできて、俺は仰々しく反応を示してしまう。

 熱に浮かされて、赤い顔をする彼女は、いつになく弱々しく、そして不安そうに俺を見つめていた。

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