デートの場所

「確かに私は、玲奈の機嫌を取ってこいと言った」


「は、はい……」


「だが、なんだあれは。私の許可もなく玲奈を遊びに誘っていたように聞こえたが?」


「そ、それはっ、なんといいますかっ……」


 玲奈の誤解を解いた後だった。

 マスターに手招きされ、カウンターの方に足を運んだ俺は、獰猛な目つきで睨まれていた。


 なるほど。ヘビに睨まれたカエルとは、こういうことか。太刀打ちできる気がしない。


 俺は、平静を取り戻すべく一呼吸置くと、なけなしの勇気を振り絞りマスターの目を見据えた。


「……ダメ、ですか? 玲奈を遊びに誘ったら」


「ダメだ」


「なんでですか」


「当然だ。玲奈が男とデートなど看過できるはずがないだろ」


「デート……ッ!?」


「ま、まさかそこまで考えずに誘ったのか……?」


 呆れたと言わんばかりの表情で、深々と頭を抱えるマスター。

 怪訝そうに俺を見つめ、ため息にも似た吐息をもらす。


 あまり深く考えていなかったが、男女二人きりで出掛けるとなれば、それはデートと呼んで差し支えがない。……かもしれない。


 俺は、「コホン」と咳払いをすると。


「と、とにかく、玲奈と遊びに行く許可を頂けるとありがたいんですけど」


「ふんっ、出すわけないだろう」


 マスターが腰に手をやり、仏頂面を見せる。

 すると、カウンターの一席で、コーヒー片手にビジネス書を読んでいた男性が、会話の中に割り込んでくる。


「マスター、玲奈ちゃんの彼氏には優しくしてあげなよ。いいじゃん、デートくらい」


「ち、違う! 彼は、玲奈の彼氏ではない!」


「そうなの? しょっちゅうイチャついてるから、てっきり付き合ってるのかと思ってた」


 目を見開いて驚いた表情を浮かべると、チラリとこちらに視線をよこしてくる。


 俺は、ぎこちない笑みを作りながら、お客さんと目を合わせた。


「え……イチャついてるように見えましたか……?」


「うん、そう見えたけど。あんまりにも初々しいから、おじさん、学生の頃を思い出しちゃったよ」


 俺と玲奈って傍から見ると、イチャイチャしてるように見えるのか。マジか……。 


 この約一ヶ月のアルバイトを思い返してみる。……確かに、そう捉えられても仕方のない場面は、あったような気はする……。しょっちゅう、というのは異議を申し立てたいところだが。


「ふんっ、少しは分かったか井之丸くん。仕事中にイチャついてると思われる行動を取るなど、言語道断。これを機に、心を入れ替えるのだな。そして、玲奈とは遊びには行くな」


「……っ、仕事中の態度は、改めます。でも、遊びに行くのは関係なくないですか?」


「正論を言えば私が折れると思うなよ。私は絶対に許可を出さないからな」


 胸の前で両腕を組んで、鋭い眼光を光らせる。言ってることはアレなのに、妙に様になっている。

 俺が辟易としていると、ビジネス書片手にお客さんが、あきれ顔を浮かべていた。


「もう玲奈ちゃん高校生なんだから、いい加減子離れしなよ」


「そういう問題ではない」


「親バカも行き過ぎると罪だね…………あ、そうだ。コレをキミにあげよう」


 お客さんは、俺へと視線を配ると、ポケットから何かを取り出す。

 それを俺の手に強引に握らせてきた。


「え? なんですかこれ……」


「デートの場所決まってないんだろう。だったら、遊園地なんかどうかな」


 それほど広い店内ではないから、さっきの玲奈との会話は聞かれていたらしい。右手の紙切れに視線を落とすと、確かに遊園地のチケットが二枚あった。


 俺はブルブルと首を横に振ると、チケットをすぐに返却した。


「い、頂けません! 返せる物もないですし」


「気にしないでよ。元々、株主優待でもらったやつだし、使う予定もない。期限もゴールデンウィークまでだし、もらってくれるとおじさん的には嬉しいんだけどな」


「でも」


 俺がどうするか逡巡していると、マスターが眼鏡の位置を調整し始める。般若を彷彿とさせる形相をして、渋い声を上げた。


「勝手な事をしないでもらえるか。玲奈と遊園地など、認めないからな」


「ま、マスター……」


「これは一筋縄にはいかなそうだね……あ、僕はもう行くね。お代はここに置いておくから」


「あ、えっと……ありがとうございました」


 お客さんは、そそくさと席を立ち上がるとお代をテーブルに置いて店内を後にした。

 結局、遊園地のチケットを返すことはできなかった。こうなった以上、チケットはありがたく頂戴するとして……問題はマスターだ。


 どうやってマスターを説得しようか思案していると、マスターは、コップをタオルで丁寧に拭きながら切り出す。


「遊園地に関しては、玲奈以外と行くのだな。誘うあてがないなら、私が一緒に行ってもいい」


「なにが悲しくて、俺とマスターの二人で遊園地巡らなきゃいけないんですか! 地獄絵図すぎませんか⁉︎」


 思わぬ提案をされ、俺は涙目で反論する。男子高校生と、歳のいったおじさん二人で遊園地とか、想像するだけで身の毛がよだつ。


 マスターは、不満げな表情で鼻を鳴らす。


「ふんっ、私とて乗り気ではない。ただ、玲奈を守るためならどんな試練にでも挑む所存だ」


「もしかして俺、マスターの中で、敵キャラ認定されてたりします……?」


「当たり前だろう。玲奈にちょっかい出す輩など、そうじて敵だ。法律さえなければ、私の手はとっくに汚れていただろう」


「娘への愛が過剰すぎる!」


 親バカも程ほどにしておかないと、危険だな……。

 俺が、もはや苦笑いすら出来ないでいると、マスターはコーヒーを注ぎ始める。


「……井之丸くんも、親になればわかる。特に娘となれば、誰にも渡したくない、そう思うはずだ」


「そ、そうですか……。じゃあ、玲奈が一生独身のままでいいんですか? お孫さんの顔も見れませんよ」


「うっ!? 鬼か井之丸くん。禁句だろうそれは」


「禁句って……」


「くっ、と、とにかく玲奈が男と遊園地など看過できない。諦めるのだな」


「そ、そうですか」


 俺はしゅんとうつむくと、今にも消え入りそうな声を上げる。マスターは、そんな俺を見て、当惑した様子を見せる。


「な、なんだ急にしおらしくなって……庇護欲を誘うのはやめろ。私が悪者みたいではないか」


 と、その時だった。


「……お父さん。また、浩人くんに何かしたんですか」


 ふと、厨房の奥の扉が開く。そこから現れたのは、休憩を取り終えた玲奈。

 胡乱な目でマスターを見つめ、ふくれっつらをしている。


「玲奈……違うんだ。私は別に、井之丸くんに意地悪していたわけでは!」


 マスターが玲奈に弁解を始める。

 しかし玲奈は、マスターの声には一切耳を貸さず、とてとてと俺の元にやってきた。


「大丈夫ですか。お父さんに何か嫌なことされました?」


「ううん、大丈夫だよ。うん」


「そうですか。あ、それなんですか?」


 玲奈が俺の右手に握られた遊園地のチケットを発見する。

 俺は「あぁ」と右手を開くと、玲奈に見せた。


「遊園地のチケット。さっきお客さんからもらってさ」


「え、そうなんですかっ」


「丁度二枚あってさ」


「へ、へぇ……そう、なんですね」


「えっと……」


「は、はい……」


「……」


「……」


 そこまで言いかけて、俺は言い淀む。

 あれ、遊園地に誘うのって難易度高くない? 


 マスターがデートとか言い出すから、変に意識してしまっている。

 俺も玲奈も沈黙に落ちる中、最初に沈黙を破ったのはマスターだった。


「何を見せられているのだ……私は……」


 チラリとマスターを見やると、目元には涙が浮かんでいた。


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 お時間ありましたら、覗いていっていただけると幸いです。


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