バイト姿

「確認していなったが、井之丸くんは玲奈と同い年か?」


 仕事に着手する前に、マスターが俺の年齢を確認してきた。

 俺は首を縦に下ろして、口を開く。


「はい。胡桃沢とはクラスも同じです」


「……く、クラスも同じだと……予想はしていたが、つくづく私の癪に障るなキミは」


 マスターは頬をヒクヒクと振動させながら、ぎこちない笑みを見せる。

 ここで席も隣などとカミングアウトしたらどうなることやら。火に油を注ぐことになるのは間違いないので、教えない方がよさそうだ。


 マスターは、右手を腰に置くと、小さく吐息をこぼした。


「ともあれ、ということはアルバイトは初めてだな」


「は、はい。お手柔らかにお願いします」


「なら、初めて同士ということになるな」


「初めて同士、ですか?」


「あぁ、私はアルバイトを雇ったことがないからな。基本的に私一人で切り盛りして、玲奈と、今日は居ないが妻の二人に手伝ってもらっている。とはいえ、最近は客足も伸びてきてな。そろそろアルバイトを募集し始めようかという頃だったのだ」


「そうだったんですか」


「あぁ、そこで、玲奈には良さげな人がいたら声を掛けてみてくれと頼んでおいたのだが……まさか男が来るとは考えすらしなかったよ」


「マスター、ナチュラルに俺の肩にダメージ負わせるのやめてください」


 柔らかい笑みを浮かべつつ、俺の肩をギュッと掴んでくるマスター。

 働き口を間違えた感が凄い……。本当にここで働いて大丈夫なのだろうか。


 今からでも帰った方が身のためかな……。


「まあ、井之丸くんが玲奈に手を出してないか見張る事が出来るから結果オーライではあるがね」


「そ、そうっすか……」


「さて、仕事についてだが、まずは接客を覚えてもらおうか。そのくらい出来ないようなら、使い物にならないからな」


「分かりました。早くお店に貢献できるように頑張ります」


「む。い、意外に素直じゃないか……やめろ良い子そうにするのは。私が悪者みたいになるだろう」


 俺が仕事にやる気を見せているのが気にくわないのか、マスターの表情が強ばる。

 この人は、どういう角度で俺に怒っているのだろうか。


 マスターから向けられる胡乱な眼差しを、愛想笑いで対抗していると、厨房の奥の扉が開く。そこから出てきたのは胡桃沢だった。


 けれど、胡桃沢の格好が意外で、俺はつい視界を奪われてしまった。


「玲奈っ、相変わらず似合っているな。可愛いぞ」


「あ、はい。それより井之丸くんに迷惑掛けてないですか? お父さん」


「あ、当たり前だろう……なぁ井之──なに見惚れているのだキミは」


「あ、いや、すみませんっ」


 マスターに指摘されて俺は正気を取り戻す。


 胡桃沢は、メイド姿に変身していた。といっても、秋葉原とかでよく見かけるメイド服ではない。本格的なメイド服とでもいえばいいのだろうか。

 黒い布地に、白いエプロンを重ねている。あざとい服装ではない分、胡桃沢の魅力が引き出されていて……一言で言えば、よく似合っていた。


 てっきり、俺の着ている制服の女性用バージョンがくると思っていたから、予想を裏切られる展開だった。


「あ、あんまり見つめられると、恥ずかしいのですが」


 胡桃沢はポッと頬を赤らめると、照れ臭そうにうつむく。


「あ、ごめん」


「似合ってない、ですよね……? お父さんが勝手に受注してしまったもので仕方なく着ていて……」


「いや、そんなことない! すげぇ似合ってる、と思う」


「ホントですか?」


「あぁ、嘘でそんなこと言ったりしないって」


「ありがとうございます……嬉しいです……」


 胡桃沢は両手で頬を包むように触って身もだえていた。

 その一部始終を近くで見ていたマスターの目が曇る。眼鏡越しにも分かるくらい、涙が目に浮かんでいた。


「井之丸くん、き、キミは本当に学ばないようだね。またも、私の目の前で玲奈とイチャつくとは……」


「え、イチャついてたわけでは!」


「しかも、私と井之丸くんで玲奈の態度が全然違うし……」


「それは関係なくないですか……」


「うるさいッ。やはり黒だったようだな。井之丸くん、覚悟しろよ」


「え、ま、マスター⁉︎」


 再び、俺はマスターの反感を買ってしまう。


 俺が身の危険を感じて、背筋に寒い物を走らせているときだった。袖口をくいっと捕まれる。

 引力の働く方向には、胡桃沢がいた。


「井之丸くん、お仕事教えるのでこっちに来てください。お父さんが近くに居ると、色々面倒なので」


「お、おお……そうしてくれると助かるかも」


「んなッ……待ってくれ玲奈。仕事は私が教える。だから玲奈の手を煩わせる必要は……!」


 胡桃沢に連れられ場所を移動していると、すかさずマスターが呼び止めてきた。

 胡桃沢は首だけで振り返ると、微笑み交じりに。


「大丈夫です。井之丸くんの研修は私がしますから。それとあんまり井之丸くんに、面倒掛けないでください。本当に口聞かなくなりますからね」


 そう言い残したのだった。


 マスターはグサッと何かに刺されたように、膝から崩れ落ちると、しばらく呆然としていた。


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 胡桃沢のメイド服は、『ヴィクトリアンメイド』でググってもらえば、それっぽいのが画像検索に表示されると思います。


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