部活orアルバイト
学級委員になったときは、どうなるものかと思っていたが、実際にやってみると気負うほどのものでもなかった。
クラスメイトの前に立つ仕事だから、やはり注目は集めるが、でもそれだけだ。
つつがなく残りの委員会決めも終わり、雨宮先生から今後の行事や連絡事項などを告げられて今日は解散の運びとなった。
明日からは本格的に授業が始まり、高校生としてこの学校で学んでいくことになる。
俺が帰り支度を進めていると、胡桃沢がチラチラと俺を見ていることに気が付いた。
手を止めて、顔ごと胡桃沢に向ける。
「どうかした? 胡桃沢」
「あ、そ、その……井之丸くんは、部活見学に行くのかなぁと」
つんつんと両方の人差し指をくっ付けたり離したりしながら、胡桃沢がぼやく。
俺は「あー」と覇気のこもっていない声を出すと、小さめに首を横に振った、
「いや、部活はいいかな。バイトしてみたいし」
「そ、そうですか……」
「胡桃沢はなにかやりたい部活あるの?」
「わ、私は特には……でも井之丸くん、スタイルいいですし、どの運動部でも活躍できるポテンシャルあると思いますよっ。というか、運動部に入らないともったいないです。井之丸くんには、運動している姿が似合うと思います!」
「あ、ありがと。でもそう言われてもな……」
なぜか、俺に運動部を進めてくる胡桃沢。
しかし、生憎と運動部はおろか、文化部にも入る気がなかった。
若干前のめりになりながら、胡桃沢は鼻息を荒くする。その様子に、物怖じしていると、後ろの席の内村が立ち上がった。
スクールバッグを右手に持ちながら、俺と胡桃沢の間をすり抜けていく。去り際、ぼそりと独り言のようにこぼした。
「胡桃沢さん。井之丸くんの入る部活のマネージャーやりたいんでしょ。それならそうと、はっきり言わないと」
「……ッ。ち、違います! そんなんじゃないですから!」
「じゃまた明日ね。ばいばい」
「あ、待っ……もう、な、なんなんですかあの人は……! 人のこと勝手に見透かして……」
ヒラヒラと手を振りながら、内村は教室を後にしていく。
胡桃沢は、赤い顔をしながら、小動物みたいにむぅっと頬を膨らませていた。
内村が教室から居なくなった後で、俺は胡桃沢と再び目を合わせる。
「胡桃沢、マネージャーやりたいの?」
「そ、それは内村くんが勝手に言っていただけで……」
「俺、部活入る気はないけど、見学くらいなら付き合おうか? 時間あるし」
「で、ですから別にマネージャーがやりたいわけでは……大体、井之丸くんが居ないなら意味ないですし……」
「そうかな、俺居ても居なくても関係ないと思うけど」
「あれ聞こえてる⁉ ここ、聞こえないパターンのところじゃないんですか⁉」
自分から言っていたくせに、おどろおどろしい声を上げる胡桃沢。
俺は苦笑しつつ、胡桃沢の疑問に答える。
「聞こえないパターンってのはよくわかんないけど、俺、耳だけは人一倍いいからさ。周囲が騒がしかったり、よほど早口だったりしない限りは、大体聞こえてるよ」
唯一の長所とでも言うべきか。
俺は、聴力には自信がある。放課後で、教室内に落ち着いた空気が流れる今なら、聞き逃すことはない。
胡桃沢は、瞬く間に頬を夕陽よりも赤く染め上げると、挙動不審になりながら。
「そ、そういうことはもっと早く言ってください!」
「え、ご、ごめん」
赤い顔のまま激昂する胡桃沢。
俺は、ほとんど脊髄反射で謝罪を口にする。
「……耳がいいとか、そんなの反則です……」
「初めて言われたよそんなこと。……ってか、部活見学は結局どうする? 俺でよければ、全然付き合うけど」
「せっかくですけどやめておきます。まぁ実際問題、部活動に割ける時間があったら、働くように親に言われますし」
「働くようにって……あぁ、バイト?」
「まぁ、そんな感じですね」
そんな感じ?
どうしてハッキリとアルバイトと明言しないのか、引っ掛かりを覚える俺。
高校生が働くとなると、必然的にアルバイトになるはずだが。
それとも、家事や炊事のことを差しているのだろうか。でもそれなら、そう言うはずだし……。
俺が勝手に釈然としない気持ちを抱える中、突然、胡桃沢がパンと手をたたいた。
「あ」
「どうかした?」
「さっき、井之丸くんアルバイトしたいって言ってましたよね」
「あぁうん。言ったよ。まだどこの面接の予約すらしてないけど」
俺はこめかみの辺りをポリポリ掻く。
胡桃沢は、じっと俺の目を見つめると。
「そ、それなら……私と同じところで働きますか?」
「え?」
「面接なしで即採用ですけど」
「そんなとこあるの?」
「あ、あります……というか、私の親が経営してる店ですけど。井之丸くんさえよければ、一緒に働きますか?」
まさかの告白に呆気に取られる。胡桃沢の親、お店を経営しているのか、凄いな。
ジッと目の奥を見つめられ、俺はどう返事をしたものかと逡巡する。
と、胡桃沢が正気を取り戻したようにハッと息を吸い込んだ。
「あ、ごめんなさい井之丸くん。いきなりこんなこと言われても困りますよね」
「え、いや、全然……むしろ願ってもない展開だけど」
「あ、もちろん仕事が肌に合わなかったら、すぐにやめてもらって大丈夫なので、そんなに気負わずに考えてもらえると」
胡桃沢は、両手を開いてひらひらと宙に泳がせる。
俺は少し黙考した後で、覚悟を決めた。
「じゃあ──」
かくして、俺はこれから胡桃沢の親御さんが経営しているというお店へと向かうことになったのだった。
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