学級委員

「そういえば、胡桃沢は外れくじを引かなかったの?」


 現在、うちのクラスは学級委員決め真っ只中だった。男子も女子も立候補がいなかったため、くじ引きによる選出だ。

 すでに、くじを引き終えた胡桃沢に向かって、俺は小首を傾げて訊ねていた。


「はい。大丈夫でした」


 胡桃沢は、柔らかな笑みを浮かべる。


 引いたくじはすぐに、くじの入った箱の隣に戻すシステムになっているため胡桃沢の手元にくじはない。が、未だに女子の方はくじを引いていることから、まだ外れくじは出ていないようだ。


 俺が「よかったね」と微笑むと、胡桃沢は頬に朱を差し込んで、はにかむ。


 そんな他愛もないやり取りをしていると、後ろの席の内村が会話に参加してきた。


「胡桃沢さんは運がいいんだね」


 胡桃沢は、内村を一瞥すると、


「いえ、そんな事は。二十分の一を引く方が難しいですし」


「だってさ、井之丸くんはいきなり外れくじ引いたりしないよね?」


 何か含みのある言い方で、俺に視線を寄越してくる内村。「引くわけない」と強気な返事をしたいところだが、俺は苦く笑いながら。


「いや、俺、運悪いからな……。正直、ほぼ確定的に俺が外れを引くと思う」


 こればかりは、体質と言わざるおえない。

 俺の不運体質が、学級委員の道をすでに開きつつある。


 もはや、くじ引きの必要すらないかもしれない。


 俺がどんよりと紫色のオーラを漂わせていると、胡桃沢が慌てて俺を励ましてくれた。


「へ、平気ですって。井之丸くんは一番最初にくじを引けるわけですし、外れを引く方がむしろ運が良いまであります。だから、大丈夫ですよっ」


「そうかな……だといいんだけどっと、終わったみたいだな」


 チラリと教卓に目を向けると、茶髪サイドテールの女子がこの世の終わりでも見たような顔をしていた。がっくしと、重たく頭を下ろし、自席へと戻っていく。

 まぁ、だいぶ最後の方だったしな。くじ運というよりは、名簿順に嫌われたという感じか。


 女子の方の学級委員が決定し、雨宮先生が引き終わったくじを再び箱の中に戻す。

 早速、男子の方の学級委員を決めるターンが回ってきたようだ。


 雨宮先生が教卓に両手をつくと、俺に向かって視線を寄越してくる。


「じゃ、今度は男子の学級委員を決めるぞ」


 くいっと顎を動かすと、教卓の前にくるように指示を飛ばしてくる。

 俺は出席番号一番なので、悠長にしている余裕はなかった。そそくさと、教卓の前に行き、くじの入った箱に手を突っ込む。


 入念にくじを選り好みした末に、一枚を箱から取り出す。

 四つ折りにされた紙を開くと、赤いペンで丸が書かれていた。


「おっ、やった。これ、セーフですよね?」


 てっきり外れを引くものだと思い込んでいたが、俺の不運も大したことなかったな。


 俺が嬉々として確認を取ると、雨宮先生は微笑を見せてきた。とっつき辛そうな雰囲気があるせいか、その笑みは少し不穏だった。


 とはいえ、当たりは当たりだ。


 プレゼンを終えた後のように、満面の笑みを咲かせると、自席に戻ろうと──したところで、肩をがしっと掴まれた。


「え? なんですか?」


「なに戻ろうとしてるんだ。学級委員」


「は? 学級委員? だって、赤い丸が書かれて……」


「普通、一枚だけに印をつけて、残りは空白にするに決まってるだろ」


「……言われて見れば」


「一発で引くとは、運がいいな井之丸」


 途端、俺のテンションが急激に落下していく。

 どれが外れくじなのか、詳細は理解していなかった。


 だが、普通に考えればそうだ。一枚だけ外れを用意すればいいのだ。残りに印をつけるより、外れの一枚にだけ印を付けた方が効率が良い。


 完全に、俺のぬか喜びだった。


 俺が先ほどの女子同様、がっくしと肩を落とすと、視界の片隅で胡桃沢の姿が目に入る。

 胡桃沢は、俺のことを心配そうに見つめると、やがて斜め後ろにいる内村から声をかけられていた。


 コソコソと、小声で何か入れ知恵をされている。

 クラス内はほどほどに騒がしいため、内村の声だけを聞き取るのは難しかった。


 胡桃沢は、目を左右に泳がせると、一瞬ためらいを見せる。が、すぐに覚悟を決めたのか、喧騒が広がる教室の中、ぴしっと右手を挙げた。


「ん、なんだ胡桃沢。どうかしたか?」


「あ、あの、私……やっぱり学級委員やってもいいですか?」


 胡桃沢の発言が意外で、俺は呆気に取られる。

 せっかく、学級委員にならずに済んだのに、わざわざ死地に向かう真似をするとは思わなかった。


「ん、あぁ私は構わないが……桃瀬ももせはどうだ? 学級委員の座を胡桃沢に渡してもいいか?」


「えっ、あ、はい。ぜひぜひっ、一切未練ないので、何も問題ないです。むしろお願いしますっ!」


 くじ引きで学級委員になった女子──桃瀬は、さっきまでのどんよりとした雰囲気から一変、子供のような純真無垢な笑顔を浮かべていた。

 よほど、学級委員をやりたくなかったみたいだな。まぁ俺もだけど。


 俺は胡桃沢の席に近づくと、雨宮先生には聞こえないように小声で。


「いいの? 胡桃沢、学級委員引き受けて」


「はい。ちょっと気が変わりまして。……あ、べ、べつに井之丸くんが一緒だからってわけじゃないですからね」


「そうなの? てっきり気を遣ってくれたのか思っちゃった。まぁ、理由はどうあれ胡桃沢が立候補してくれて正直ホッとした……これから頑張ろうな」


「……っ」


 胡桃沢は、加速度的に頬に熱を集めていくと、俺から視線を外してうつむく。

 その光景を見ていた内村が、ニヤケ顔をして小さく声を上げた。


「ほら、胡桃沢さん。ここで素直にならないとっ」


「だ、黙ってください内村くんっ!」


 ぼそりと、独り言のようにこぼした内村に、胡桃沢はうつむいた姿勢のまま返事をする。

 それから、雨宮先生に「学級委員は前に立って、残りの進行」と指示をされるまで、胡桃沢は顔を伏せたままだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る