友人枠?
翌日。高校生になって二回目の登校日。
俺は窓際一番前の席で腰を下ろしながら、外の景色をぼんやりと眺めていた。
今日は授業を行わず、クラス内の決め事を行う日だ。
ついさっき、クラスメイト全員分の自己紹介を終えて、今は委員会決めを行なっている。
目下、学級委員決めで揉めている最中だ。
仕事量が多く、注目を集める機会が多い学級委員は、このクラスでは人気がないらしい。かくいう俺も、やりたくはない。
担任の雨宮先生が、小さくため息を吐くと、クラスメイト全体を見渡した。
「誰も立候補がいないようだと、くじ引きで決めることになるが……」
「え」
雨宮先生の言ったくじ引き案に、思わず反応を示してしまう。すると、雨宮先生の視線が俺に集中した。
「なんだ? くじ引きだと困るのか?」
「あっ、いえ別にそういうわけでは」
「学級委員やりたいなら、手を挙げてくれて構わないんだぞ。今なら即当選だ」
「え、遠慮しておきます」
「そうか。なら、やはりくじ引きだな……」
「……」
俺は、苦い顔をして視線を下に逸らした。
学級委員は男女一名ずつ選出される。
このクラスは男子も女子も二十人なので、純粋な確率だけで言えば、二十分の一。五%の確率で、学級委員に選ばれることになる。
だが、もうしつこいかもしれないが、俺は運が悪いのだ。そして、くじ引きとなれば、ほぼ間違いなく俺に白羽の矢が立つ。
とはいえ、他にこの状況を打開する手立てがなかった。
俺が深めの吐息を漏らすと、隣の席の胡桃沢が不安そうに俺を見つめてきた。
「大丈夫ですか? 井之丸くん」
「あ、あぁまぁ」
「心配せずとも、そう簡単に外れくじを引いたりしませんよ」
「だといいんだけど」
グッと胸の前で両手を握り、俺を励ましてくれる胡桃沢。俺は小さく微笑みを返した。
と、早速、くじ引きによる学級委員決めが行われることになった。まず初めに、女子から行うらしい。
効率化を図るため、教卓を先頭に女子が列になって並ぶ。
その光景をぼんやりと眺めていると、ポンポンと背後から右肩を叩かれた。
反射的に振り返る。と、後ろの席に座っている男子が、柔和な笑みを浮かべていた。
「……どうかした?」
「一つ質問していい?」
「うん、なに?」
「キミと、胡桃沢さんってお付き合いしているの?」
「え? いや、してないけど」
「あ、やっぱりそうなんだ」
彼は、嬉しそうに頬を緩ませると、両手を合わせた。
「あ、いきなりごめんね。僕、
「あ、俺は──」
「
「あぁ、うん」
ジッと下から覗き込むように、俺を見つめてくる内村。今更だが、結構イケメンだった。
「それでさ、井之丸くんと胡桃沢さんって、どういう関係なの?」
「どういうって……なんて言ったらいいかな」
「同中とか?」
「いや中学は違うよ」
「それにしては親しげだよね。どんな関係なの?」
「えっと……そうだな」
俺と胡桃沢の出会い方は、少し特殊だ。
入試当日、痴漢に遭っていた彼女を助けたのがキッカケ。
しかし、それを正直に打ち明けるのは憚られた。
今、この場に胡桃沢は居ないとはいえ、胡桃沢はその話を掘り返されたくはないだろう。
さて、どう説明したべきか……。
俺が首筋を指で掻きながら、頭を悩ませていると、内村が口を開いた。
「僕の推察言っていい?」
「え? ああ、いいけど」
「井之丸くん。入試当日に、痴漢に遭っていた胡桃沢さんを助けたんでしょ? 小太りで、髭を蓄えたおっさんを撃退して、胡桃沢さんと接点を持つことになった井之丸くん。なし崩し的に、一緒に高校まで行くことになって、仲良くなった……どうかな? 当たってる?」
「その場に居ないと分からない情報量! え、あの時近くに居た⁉︎」
推察の域を遥かに超えた発言に、俺はつい声を荒げる。幸いにも、教室内は程々に騒がしいので、俺が注目を集めることはなかった。
「あ、まだ思い出してないんだね」
「思い出す? どういうこと?」
「あの日、僕、井之丸くんの隣の席に座ってたんだよ。英単語帳を開いてたと思うけど、覚えてない?」
「えっ……あ、そういえば、居たかもそんな奴」
俺は入試の日の記憶を呼び戻す。
英単語をぶつぶつ詠唱している男が、俺の隣の席に座っていた。その鬼気迫る様子は、俺の記憶に刻まれている。
俺がハッとしていると、内村は微笑を湛えた。
「そっ。でさ、話は変わるけど僕って、人の恋路を応援するのが一番の趣味なんだよね」
「へぇ。そ、そうなんだ」
いきなり、少し変わった趣味を吐露する内村。
俺は声が僅かに上ずる。
「だからさ、僕でよければ──」
「ご、コホンッ!」
内村が軽やかな笑みを浮かべる中、唐突に、わざとらしい咳払いが割り込んできた。
内村は口を噤むと、咳払いのした先へと目を向ける。それに呼応するように、俺も視線を向けた。
「あの! 貴方、井之丸くんにちょっと馴れ馴れしすぎないですか。どちら様か存じ上げないですけど!」
ムスくれた表情の胡桃沢が、小さく頬を膨らませていた。
「あ、ごめんね。
「……っ」
「大丈夫だよ。彼氏さんを取ったりしないから」
「……ッッッ。ち、違います。わ、私は井之丸くんのカノジョでは……!」
「そうなの? お似合いだと思うけどな」
「ッ⁉︎」
胡桃沢は、湯気が出そうなくらい顔を赤くすると、しずしずと席に座る。そのまま、机に顔を伏せて、起き上がらなくなった。
俺は苦い笑みをこぼすと、内村に視線を戻す。
「えっと、俺と胡桃沢は付き合ってないってさっき言わなかったっけ?」
「あれ、そうだっけ。ごめんね、僕、忘れっぽくてさ」
内村が軽快に笑いながら、頬を人差し指で掻く。
と、机に突っ伏した状態のまま、胡桃沢が小さく声を上げた。
「……思ったより悪い人ではないみたいですね」
どこをどう解釈したら、その結論になるのだろう。
そう、不思議に思う俺だった。
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