下校と雨宿り

「ついてないな……」


 現在、高校を出て、帰路に就いていた。

 掃除で時間を取られたこともあり、周囲に学生の姿はない。


 さっさと帰って明日に備えるべきだと思うのだが、俺と胡桃沢は公園の屋根付きベンチのところで、足止めを喰らっていた。


 というのも、急な雨に見舞われたのだ。

 小雨程度ならいざ知らず、傘を差さないと風邪を引くような大雨だった。


 そのまま、逃げ込むように近くの公園に行き、こうして雨宿りをしている。


 俺は暗く沈んだ雲の様子を眺めながら、小さくため息をつく。と、ベンチに腰を下ろした胡桃沢が、スマホの天気予報を眺めながらボヤいた。


「珍しいですね。今朝の天気では、雨が降るなんていってなかったのに……」


 俺はポリポリと遠慮がちに頬を掻きながら、


「悪い、俺のせいかもしんない」


「どうしてですか?」


「俺、昔からずっと運が悪いんだ。だから、この急な雨も俺の不運が祟って」


「ふふつ、それは自意識過剰が過ぎますよ。井之丸くん一人の力で、天気をどうこうできるわけないじゃないですか」


「そう言ってもらえると……助かるけど」


「はい。それに、私的にはこの状況はそれほど悪くはないので」


「胡桃沢、雨好きなの?」


「……雨はそんなに好きじゃないですけど」


 頭上に、疑問符を立てる俺。

 胡桃沢の発言の意図を汲みきれずにいると、彼女は突然、クスクスと笑みをこぼし始めた。


「なんというかアレですね。井之丸くん、ホントにカノジョ作る気あるんですか?」


「え? あるよ」


「じゃあ、井之丸くんはどんな女の子が好みなんですか?」


「ん、そうだな……そう改めて言われると難しいな。あんま真面目に考えたことなかった」


 カノジョを作りたいとは、心の底から思っていたが、それだけだった。

 カノジョに譲れない条件だとか、どんな子と付き合いたいだとか、そういったことは考えていなかった。


「そうですか。なら、女の子から告白されたら、問答無用で付き合うってことですか?」


 ザーザーッと、降りしきる雨音をBGMに、胡桃沢が問い掛けてくる。上目遣いで、少し期待を宿したような瞳を、俺に向けていた。


 俺は顎に手をやると、少し思考を巡らせた後で、回答を告げた。


「多分、付き合う、かな。両想いで付き合い始めるのって難しいだろうし、付き合いながら考えるって形を取ると思う」


「じゃ、じゃあ──わ、私」


「……?」


「わ……私」


 急に、胡桃沢の歯切れが悪くなる。

 頬だけはどんどん赤くなっていく。


「私で、よければ、その」


 恋する乙女さながらの表情に、俺はドキリと心臓を高鳴らせる。姉から「お前、鈍感すぎるからいつか刺されるぞ」とお墨付きを貰っている俺だけれど、この状況で何も察せないほど、腐っちゃいない。


 口の中に溜まった唾をごくりと呑み込む。


 思い返せば、胡桃沢の様子はずっと少し変だった。

 もしかして、胡桃沢は俺のことを──。


 そう思考が結論づけた刹那、俺は口を開いていた。


「あ──」

「私でよければ、お手伝いします!」



「……え?」



 雨の音が気にならなくなるくらい、無に支配される。なんなら、今だけは雨が止んでるのではないかと、そう錯覚を覚えるくらいだった。


 張り詰めた空気の中、限界点まで達しそうになった胸の鼓動が、今では正常値に戻っている。

 俺はぽかんと口を開けたまま、しばしフリーズ状態に陥った。


「井之丸くんには入試の時に助けていただきましたし、井之丸くんにカノジョが出来るようお手伝い、します。具体的に何が出来るか、分からないですけど……私に出来ることなら、なんでもしますっ」


「あ、あぁ……そ、そうだよね」


「どうかしました?」


「いや全然、俺ってキモいなって嫌悪してただけ」


「急に卑屈⁉︎ 井之丸くん、そういうキャラでしたか⁉︎」


「いや、もうホント……なんかごめんね?」


「謝らないでください。謂れがありませんから!」


 クソ姉貴め……。

 やっぱり、俺は鈍感などではなかった。


 胡桃沢が俺のことを好きだと思い上がってしまった。ただの自意識過剰の、ナルシストだ。

 ふと、空を見るとスッカリ雨が上がっていた。


 突発的に降るだけ降って急に止むとは……よくわからない天気である。


「……あぁ、何してるんですか私は……」


 俺が心中で自嘲していると、ふと、胡桃沢が小さく呟いた。今回はしっかり聞き取れたが、その言葉の意図は汲みきれなかった。


「えっと、雨上がったし帰ろっか」


 微笑をこぼしながら、提案する。

 と、胡桃沢はバッグを肩に持ち上げて。


「は、はい。帰りましょう」


「胡桃沢、この後時間ある?」


「ありますけど」


「じゃあさ、どっか昼飯食べてかない?」


「えっ、あ、はい! 食べま──……すいません。実は今日、財布を家に置いてきてしまって……」


 胡桃沢はパアッと子供みたいに目を輝かせるも、急に表情を暗く沈める。


「あ、それなら大丈夫。奢るからさ」


「そ、そんな悪いです」


「胡桃沢、俺のカノジョ作り手伝ってくれるんだろ? だからその前報酬みたいな感じだと思ってくれればいいからさ」


「でも」


「ダメ?」


「……じゃあ、お言葉に甘えて、お昼連れてってください、井之丸くん」


「りょーかい」


 俺は微笑を湛えると、早速スマホの地図アプリを開く。この辺りの土地勘は皆無に等しいからな。

 どんな飲食店があるのか、よく理解していない。


「胡桃沢は、何系が好き?」


「なんでも好きですけど、強いて言うなら中華系です」


「オッケ、中華ね」


 俺は中華系の店を探すことにしたのだった。

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