居残り掃除
高校入学初日の放課後。
担任の雨宮先生に、教室の掃除を任命された俺と胡桃沢は、その役目を果たすべく教室に居残っていた。
何人かの気の利くクラスメイトが、「私たちも手伝うよ」と手を上げてくれたのだが、それを雨宮先生は許してくれなかった。
「手伝ったら罰にならないだろ」
という、ぐうの音も出ない正論のおかげで、お手伝いはゼロ。そして現在、教室に残っているのは、俺と胡桃沢の二人だけだった。
至る所にホコリが散見される教室内を、縫うように歩きながら掃き掃除していく。春休みの間に、汚れが溜まったのだろう。
やっぱり、俺は運がないな。早速、担任の先生に目を付けられるとは……。
「井之丸くんは、どうしてこの学校を選んだんですか?」
掃除の最中、胡桃沢が話題を振ってくれた。
俺はホウキの柄に顎先を置くと、苦笑しつつ質問に答えた。
「あんま、大層な理由はないよ。偏差値が近かったのと、電車通学してみたくてさ、そしたら関栄がヒットしただけ」
「適当ですね……」
胡桃沢は若干呆れた目で俺を見てくる。
俺は、ホウキの柄に体重を掛けるのをやめると、小さく首を傾げて同じ質問を返した。
「そういう胡桃沢は? 何か特別な思い入れがあって、この学校来たの?」
「いえ、私は、その……占いで」
「占い?」
「制服とか、学校の雰囲気とか、家からの距離とか、色々考えていたら候補がいくつも出てきてしまって……迷った挙句、占い師の方にどの学校が良いのかお聞きしました。それで関栄が良いと言われまして」
「なんだそれ、胡桃沢の方が適当じゃん」
俺はケラケラと軽快に笑う。
すると、胡桃沢は頬を僅かに赤らめ、反抗してくる。
「わ、笑わないでください。これでもいっぱい悩んだんですから! その結果、占いに頼ることになっただけで……」
「ごめんごめん。受験先占いで決めたヤツ身近にいなくてさ。胡桃沢、占い好きなんだ?」
「べ、別に好きじゃないですけど」
「そうなの? 良いと思うけどな。俺も結構、占い好きだし」
「え、本当ですか⁉︎」
胡桃沢はキラキラと目を輝かせながら、近くの机に手をついて前のめりになる。その反動で、ホウキを床に落としていた。
「やっぱ好きなの? 占い」
「……ッ、ち、違いますけど」
「隠さなくてよくない? 悪いことじゃないと思うし」
「か、隠してませんッ」
胡桃沢は頬を赤く染めて、あからさまなまでに首を横に動かす。と、床に落としたホウキを持ち上げる。そそくさと、掃除を再開し始めた。
あまり触れられたくない部分なのかと思い、俺は話題を切り替えることにした。
「てか、そういや胡桃沢ってさ」
「なんですか?」
「どんな男が好きなの?」
「え!?」
俺の質問に仰々しく反応を示す胡桃沢。
猫だましを喰らったみたいに呆気に取られている。
胡桃沢は、掃除の手を止めると、上目遣いで俺を捉えながら、
「どうして、そんなこと聞くんですか……?」
「高校に入ったらカノジョ、作ってみたくてさ。これまで恋愛とは無縁の生活してたから」
自嘲を交えながら、高校で達成したい目標を胡桃沢に伝える。
中学までは、恋愛絡みのイベントは避けて通ってきた。だから、恋愛経験を一切積んでこなかったのだ。
だか、恋愛沙汰に興味がないかと言えば、答えはノー。
こうして晴れて高校生になれた以上、カノジョの一人や二人作ってみたい。
胡桃沢は、みるみる内に頬を赤く染め上げると、今にも消え入りそうな声で、
「そ、それって、その──」
「ああ。だからちょっと胡桃沢の意見を参考にしたくてさ。女の子ってどんなことされたら気が引けるのかなって。まずは、好感度稼がないとだし」
「…………」
途端、お地蔵のようにその場で静止して、一言も発しなくなる胡桃沢。
虚ろな目で、ぼんやりと窓の外を見ていた。
「どうかした?」
「……いえ、いいんです。私、分かってました。分かってて赤面したところあります」
「え?」
「なんでもないです」
胡桃沢の言いたいことが今ひとつ伝わらない。会話も今ひとつ噛み合っていない感じだ。
さっきまで赤かった顔が、今では白く……もはや青白くなっていた。
胡桃沢は、ため息を一つこぼすと、中断していた掃除を再び始める。
そのまま、少しだけ無言の時間が続く。
俺も掃除をしながら、胡桃沢に再び問いかけた。
「いや、だからその……胡桃沢にご教授いただければなと思ったんだけど」
「……井之丸くん。そろそろゴミ回収しますか?」
「え、あぁそうだね。そうしよっか。でさ──」
「私、ちりとり用意しているので、こっちにゴミを集めといてください」
「お、おう」
なぜか俺の話をガン無視される。
地雷を踏んだような雰囲気に気圧される。
当惑しつつも、胡桃沢が指示した場所にゴミを集める俺。
ちりとりを持ってきた胡桃沢が、手際よくゴミを回収していく。
そのまま、集めたゴミをゴミ箱の中に捨てると、「ふぅ」と満足げの息をもらした。
「さて、お疲れ様でした井之丸くん」
「胡桃沢もお疲れ。……えっと……ごめん俺、ちょっとデリカシー足りなかったかも」
カノジョ作りの参考にしたいからという理由があったとは言え、いきなり男の好みを聞くのは、デリカシーに欠けていた。今更、その事実を痛感して、俺は胡桃沢に謝罪する。
「井之丸くん、もしかして私が怒ってると思ってますか?」
「そうじゃないの?」
「怒ってませんよ。まぁビックリはしましたが」
「じゃあ、なんで答えてくれなかったの?」
「意地悪しようかと」
「胡桃沢、結構タチ悪くない?」
俺は困ったように笑う。けれど、怒っている訳じゃないと知り、俺は胸をなで下ろしていた。
よかった……危うく嫌われたかと思った。
俺が安堵の息を漏らす中、胡桃沢はわずかに唇を前に尖らせると。
「か、勘違いさせた井之丸くんが悪いんですからね……」
「え? なに?」
胡桃沢が俯き加減に、何か呟く。
だが、これもまた早口かつ小声のため、何を言っているのか聞き取れなかった。
聞き返すも、胡桃沢は首を横に振るだけで教えてくれない。
「なんでもないです。……私は、そのままの井之丸くんで良いと思いますよ。無理に着飾っても仕方ないです」
「そう、かな。でもまぁ、変に繕うと後が大変か。ありがと胡桃沢。俺なりに頑張ってみるよ」
「……別に、頑張らなくていいですけど」
「え? 頑張らないとカノジョって出来なくない?」
「……っ、もう知りません! ほら帰りましょう井之丸くん」
「あ、ちょっと……!」
胡桃沢は、加速度的に頬を染めると、机の上に放置してあるスクールバッグを手に取る。そのまま、逃げるように教室の外へと向かってしまう。
俺は置いてかれないように、バッグを持つと、胡桃沢の背中を追った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます