再会

 俺こと井之丸浩人いのまるひろとは、今日から晴れて高校生の仲間入りをする事になった。

 第一志望にしていた関栄せきえい高校に合格し、今日はその入学式。


 校長先生の貴重なお話を、あくびを噛み殺しながら聞き、淡々と入学式を終えると、早速クラスの方に行くことになった。


 俺のクラスは一年Bクラス。出席番号は一番だった。

 この教室には『あ』から始まる苗字のやつが居ないらしい……。相変わらず、運がない。


 窓際一番前の席に腰を下ろす。程なくして、俺の右隣の席の人も腰を下ろした。


 さて。クラス替え初日。

 この学校に進学した同中の人間はいない。

 そんな俺がまず初めにするべきこと……それは、友達作りだ。


 こういうのは最初が肝心だからな。


 スタートダッシュを失敗すると、後に響く。

 まずは授業でも度々関わることがあるであろう隣の席の人と、コミュニケーションを取るとしよう──。


 俺が一呼吸置いて、気持ちを切り替えていると、俺よりも先に彼女、、が声を上げた。


「い、井之丸くん…… ですよね?」


胡桃沢くるみざわ?」


 その透き通った声色には、聴き覚えがあった。


 名前を呼ばれて振り返る。隣の席に座っていたのは、入試の時に少し接点のあった胡桃沢玲奈れなだった。


 胡桃色の髪を腰の辺りまでスラリと伸ばし、髪の毛の一部を後ろで束ねている。確か、『くるりんぱ』って呼ばれている髪型。

 目鼻立ちはクッキリしていて、肌は白く澄んでいる。


 入試前に見た時は、それほど気にならなかったが、改めてみるとアイドル顔負けの美少女だった。


 俺は反射的に彼女の名前を呼ぶと、だんだんと実感が湧いてくる。パアッと笑顔を咲かせると、再び彼女の名前を呼んだ。


「胡桃沢。胡桃沢だよな。よかったぁ、胡桃沢も受かってたんだ!」


「あ、は、はい。お陰様で……」


「すげぇホッとした。俺、一人も知り合いいないからさ、胡桃沢居てくれて嬉しいよ」


「え、嬉しい、ですか?」


「ああ、下手したら合格した時より嬉しいかも」


「合格した時よりも⁉︎ ……べ、別にそんなこと言われても…………ですからね」


「え?」


「あ、な、なんでもないです……」


 ボソボソと呟く胡桃沢。

 俺が聞き返すと、白い肌を仄かに赤く染めて、プルプル首を横に振った。


 なんか妙な事言っていた気がする。早口かつ小声だったから、上手く聞き取れなかったけど。


「にしても、すごい偶然だな。同じクラスで隣の席なんてさ。なんか運命みたいな」


「運命……⁉︎」


「あれ、変なこと言ったかな」


「い、いえ、そうですね……運命、だと思います。はい」


「いや断言されると、流石にこそばゆいって」


「……ッ、井之丸くんが先に言ったんじゃないですか!」


「俺は運命みたいって言ったんだけど」


 胡桃沢は、風邪を疑うレベルで赤面すると、肩を縮こめて俯いてしまう。


 と呼応するように、担任の先生がやってきて、教卓の前に立った。途端、教室に緊張が走る。


「このクラスを一年間担当することになった雨宮あまみやだ。生活指導も兼任しているから、まぁ、校則違反はしないようにな。私と二人きりで話がしたいというなら止めはしないが」


 クラス全体を見通しながら、簡単に自己紹介を始める。

 雨宮先生か。……この人はこの人で、凄い美人だな。


 切れ長の目に、艶のある黒髪ポニーテール。

 近寄り難い雰囲気こそあるが、美人なのは間違いなかった。


 思わずその美貌に見惚れていると、ツンツンと、右肩を小突かれた。

 視線をやれば、胡桃沢はムスッとした表情を浮かべている。


「……なに、見惚れているんですか」


「え? あぁ、美人だなって思ってさ」


「井之丸くんって、歳上が好みなんですか?」


「いやそうじゃないけど、なんでそんな事聞くの?」


「……ッ。そ、それは──」


 胡桃沢は僅かに目を見開くと、黒目を左右に泳がせる。

 小首を傾げて胡桃沢からの返事を待つ俺。すると、視界の片隅に映る雨宮先生が、俺を見ている事に気がついた。


 恐る恐る目を合わせると、やはり、雨宮先生を俺を見ていた。というか、睨み付けていた。


 さっきよりも低い声色で、けれど、微笑を湛えながら。


「私の話を無視して会話とは、いい度胸だな。……井之丸、と胡桃沢」


『は、はい。すみません!』


 ピシャリと名前を呼ばれて、俺と胡桃沢の声が重なる。

 俺たちは肩を跳ねると、雨宮先生の眼圧に押し潰されそうになる。


「お前ら、放課後教室の掃除な」


「二人でですか?」


「文句あるか?」


「な、ないです」


 こ、怖……。

 美人の凄みを利かせると、迫力が半端じゃない。


 放課後の掃除が決定したが、それに対して異議を申し立てるだけの勇気は出なかった。


「さて、話を戻すが、今日はこれで終了だ。クラス内の決め事など、諸々は明日行うことになる。プリントを配るから、受け取った者から随時帰ってよし。以上」


 雨宮先生はそう言って、プリントを列ごとに配り始める。ハイテンポで帰宅の許可が降りて、クラス内の空気が弛緩していく。


 プリントを受け取ったクラスメイトが、帰宅あるいは友人作りに励む中、俺と胡桃沢は自席に座ったままだった。


「ご、ごめんなさい私のせいで……」


「いや、胡桃沢のせいじゃないって」


 話しかけてきたのは胡桃沢の方からだったが、それに乗ったのは俺だ。責任の所在は、どちらか片方にあるわけではない。


 しかし、胡桃沢はそうは思っていないのか、弱気な声を上げる。


「あの、掃除は私がやっておくので、井之丸くんは気にせず──」


「だから胡桃沢のせいじゃないって。二人でやった方が早く済むしさ、さっさと終わらせて一緒に帰ろ」


「え……一緒に……ですか?」


「あ、なんか用事あったりする? それなら全然──」


「帰ります! 井之丸くんと一緒に帰りたいです!」


 前のめりになって、俺との距離を詰めてくる。

 間近に胡桃沢の顔があって、ついドキッとした。


 バレない程度に視線を逸らすと、俺はポリポリと頬を掻きながら。


「そこまで言われると、ちょっと照れ臭いんだけど……」


「い、井之丸くんが先に言ったんじゃないですか!」


 胡桃沢はリンゴより顔を赤くすると、涙目で吠えてきた。


 高校生になって、最初の一日目。

 かくして俺は、入試で出会った彼女と再会したのだった。

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