第8話 話したくない過去
この部屋に、一人で居る時が一番落ち着く。
法子と再び再会してから、今日の食事会を政志は楽しみにしていた。
法子は、昔から政志の太陽のような存在で、いつも明るく照らしてくれていた。
ただ、法子に自分の知って欲しくない過去を知られてしまった。
いや、知られてしまった事自体が、ダメなわけじゃなくて。
法子なら、自分をもっと理解してくれようとするのではないかと。
一瞬法子が自分の過去をしていると分かった時に期待してしまった分、傷ついた度合も大きかった。
これは、単なる自分のエゴで、そう簡単に、特に異性に理解されるような事じゃない事は分かっているつもりだ。でも、どこかで、法子だけはと期待していたんだ。彼女なら、分からずとも馬鹿にしたり、蔑んだりはしないだろうと。いや、して欲しくないが正直な所だった。
いつもの、暗い部屋でひとりいつものように蹲りながら政志は今日の出来事を振り返っていた。
なぜだろうか、いつも嫌な記憶だけは、鮮明について回ってくる。
今日の事も、過去のことも、もう忘れてしまいたいのに。
時がたち、言われる度に傷ついて。それでも我慢して。
いつもそうだ。
あの時だって。
自分が包茎であることが、クラスの男子にバレたのは高校2年の修学旅行の特時だった。
自分では、それまで意識したことは無く、これが普通だと思っていたから
とくに恥ずかしがる事もなく、クラスメイトと一緒に大浴場に向かっていた。
着替えているときから、なんとなく視線は感じていたけど、それがなにを見ているのかわからなかった。
俺は、そのまま服を脱ぎ、大浴場に備わっている仕切りのついた洗面所?のブースで
体を洗っていた。
髪を洗っているときと、体を洗ってシャワーを使っているときは水の音で周囲の音はかき消されて、かすかに笑い声が聞こえる程度だった。
体や髪を一通り洗い終えてから、自分は普通の大浴場にある風呂では無く、奥にある露天風呂に入りたくてまっすぐに向かっていった。普通の銭湯とかなら周りを気にして前を隠したりは俺もするのだけれど、この時はクラスメイトしかいなかったから特に何も考えずに前など隠さずに颯爽と露天風呂へ向かって俺は歩いていた。
正直、今振り返るとこれがいけなかったのかもしれない。
ふいに、俺の名前を呼ぶ声がした。
「工藤さぁ、お前、包茎なんだったら、前くらい隠せよ、気持ちわりーな」
クラスで幅を利かせている運動部のやつにそう言われた。
その時まで俺は、自分の下の事にはあまり関心が無くて、包茎と言う言葉もあまり知らなかった。
自分が”?”な顔をしていたのか、その運動部の取り巻き立ちが俺の前に集まって来て
「ほんとだ、包茎キモッ」
「S〇Xできなくね」
「俺だったら死んでるわ」
などなど、いきなり言われまくった。
俺の周りには、人を馬鹿にして蔑んでいる人、特有の嫌な笑みを張り付けたクラスメイトの顔が並んでいた。
修学旅行でのその出来事を境目に俺はクラス中の男子から、包茎であることを
馬鹿にされ続ける日々が始まった。
初めのうちは"それがどうした”と、言い返したい気持ちもあったけど、気恥ずかしさから言えなかった。
あの、人を馬鹿にしている特有の笑みが頭にちらつき、包茎だけじゃなくて
他の事でも、馬鹿にされたり、陰口を叩かれているんじゃないかと思うようになったなっていったのもい返せななかった要因のように今は思う。
今、思い出したけど、あの大浴場で着替えているときの視線や、体を洗ったりしているときにの笑い声は自分に向けられていたものだろう。
恐らく、あの着替の視線から俺はターゲットにされたのかもしれないと、昔の記憶を思い出しながら俺は考えていた。
それからと言うもの毎日のようにいじられ、馬鹿にされていった。
その虐めにも似た、いじりがエスカレートし出したのは、クラスの男子だけではなく女子へも俺が包茎だと言う話が伝わってからだった。
初めは、すっとぼけていた女子も、リーダー格も彼氏持ち達が口々に
「工藤、包茎らしいわ」
「キモくね」
「カレシだったらマジ無理」
「萎えるわ」
と陰口、いや聞こえているから陰口では無く、悪口だ。
それに、男子どもが同調して事態はさらに悪くなってしまう。
今まで仲の良かった友達も周りに同調して、馬鹿にしたり、いじったりしてくる。
汚いとか、気持ち悪いとか、散々な言われようだった。
それでも、いつかは納まるだろうと、思った自分は、気持ちを押し殺して学校生活を送っていいた。
だが、そんなこともなく、高校を卒業するまで、散々な目にあった。
正直、包茎で悪口を言われるより惨い事もたくさんあったけど、もう思い出したくない。
ほんとうは、高校時代も思い出したくないのだけれど、かすかな希望がここに
法子が居てくれたら違っていたのかなぁと言う淡い期待だった。
それも叶わないと知ったのだけれど。
やっぱり期待してしまう。
そんな、今と過去が混濁したような記憶を思い出しながら
法子に言われた言葉を嘘だと思いたくて、必死に忘れようとしている間に
気づいたら、俺は眠りについていた。
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