#13 ジャイアントキリング 後編

 ドスン、ドスン……バキバキ……メリメリ……。


森の中に竜の足音と、木々を薙ぎ倒す音が響き渡る。




 竜は憎悪に眼を光らせ、鼻息荒くあちこちを見渡している。


森の中へと逃げ込んだおれを探しているのだ。


自身の片眼を奪った憎き仇敵を、その爪で引き裂き殺すために。




 一方おれはというと、森の中の茂みに身を隠し、奴の近くから動向を窺っているところだ。


既に日は暮れて、周囲は真っ暗闇になっている。


このまま茂みに隠れていれば、そう簡単には見つからないだろう。




 おれは奴に見つからないよう、細心の注意を払いながらG.E.A.R.のメニュー画面を開いた。


そして、インベントリから現在の装備を確認する。




 ライフルの残弾は残り六発。


拳銃の残弾三十発。


ハンドグレネード残り一個。




 ……はっきり言って絶望的だ。


どれもこれも、奴を倒すには火力不足。


奴から逃げるときに、他のプレイヤーの死体から武器や弾丸を回収していれば……。




 いや、あの場にいたプレイヤーの武器では、奴にダメージを与えることはできなかった。


仮に武器や弾薬を回収できても、あまり意味はなかっただろう。




 それに、あの時は夜兎さんを逃がしてから森に逃げ込むのに精いっぱいで、そんな余裕はなかった。


今ある物資でなんとか切り抜けるしかないだろう。




 (何か……奴を倒す手段はないか……?)


おれは粗末な脳細胞をフル回転させ、必死に打開策を考える。


奴の全身は黒く硬い鱗でびっしり覆われている。


故に、銃弾による攻撃はそのこと如くが弾かれてしまう。




 しかし、奴にダメージを与える方法は確かにあるのだ。


それは鱗に覆われていない部分を狙うこと。


すなわち、奴の目玉を。




 実際その方法で奴の左目を潰すことはできた。


しかし、決定打には至っていないのが現状だ。


奴を倒すには、まだ何か足りない。




 (これ、持って行って!)


ふと、脳裏に玉兎エリルの言葉が過ぎる。


(それはPsiチップって言ってね、使うとランダムで特殊能力が手に入るの!)




 おれはインベントリからチップを取り出し、それを眺めた。


チップはおれの手の平で、蒼く清涼な光を放っている。




 こいつを使えば、今の状況を打開できる能力が手に入るかもしれない。


しかし、手に入る能力はランダムだ。


外れを引く可能性だって充分ある。しかし……。


……一か八か、使ってみるか!




 (玉兎、ありがたく使わせてもらうぞ!)


おれは祈るような気持ちで、チップ先端の端子をG.E.A.R.の側面に挿しこむ。






-loading……




-Psiチップがセットされました。




-このアイテムを使用すると、ランダムで特殊能力が入手できます。チップを使用しますか?




-YES/NO






 おれは迷わずYESを選択した。


すると、チップの放つ光がおれの全身を包み込み、視界が蒼い光で満たされた。


おれの身体が青い燐光を放ち、まるで蛍の光の様に辺り一面を照らし出している。




-Psiチップの正常起動を確認。




-Psiスキルのインストールを開始……インストールが完了するまでチップを抜かないでください。




-インストール完了まであと20%……30%……




 その時だ!


「グルォォォォォォォォォォォォォォォオン‼︎‼︎」


まるで鼓膜をつん裂くかのような恐ろしい吠え声が、森中に響き渡った!




 続いて、木々を薙ぎ倒す音と、地響きを伴う大きな足音がこちらに向かって近づいて来ているのだ!


(まずい、さっきの光で気付かれたか⁈)




 おれの身体は今もなお青い光で包まれている。


暗い森の中では目立ち過ぎる。


ほとんど自分の居場所を敵に伝えているようなものだ。




 それに、近くで奴を見張っていたのが災いした。


光を目印に、敵はどんどん近づいてくる。


スキルのインストールはまだ終わっていない。


もはや隠れる場所はない。


だったら……!




 「来いよ、化け物!おれと勝負だ!」


かくれんぼはもうやめだ。


おれは茂みから飛び出して、竜に向かって叫んだ。




 おれは竜に向かってハンドガンを数発撃ち込み、奴を挑発する。


そして、木々が密集している場所に向かって全速力で駆け出した!




 おれはナイフで邪魔な小枝を切り裂きながら、パルクールめいた動きで木々を飛び越え駆け抜けていく。




 バキバキ……ドスン!


後ろからは竜が木々を薙ぎ倒す音が聞こえる。




 しかし、奴とおれとの距離は充分に開いている。


密集した木々が奴の進路を塞いでいるため、全速力で追いつくことができないのだ。




 インストール率は現在70%か。


残り約30%


インストール完了までこのまま無傷で逃げ切る。




 残り20%


敵はまだおれを見失ってないらしい。


付かず離れずの距離を取りつつ、密林を走り抜ける。




 残り10%……


「うわっ!」


突如、開けた場所に出て、おれは慌てて立ち止まった。


目の前には険しく切り立った岩壁がそそり立ち、おれの行く手を阻む。


(クソッ、行き止まりか⁈)




 残り7%


おれのすぐ真後ろで、木々が薙ぎ倒される大きな音が聞こえた。


振り返ると、憎悪に眼を光らせた邪竜が、こちらを睥睨し、睨みつけている。




 残り5%


おれの身体から放たれる青い燐光が、暗闇の中の奴の姿を禍々しく照らし出す。




 残り3%


竜は一際大きく咆哮すると、憎き仇を屠るべく大きく腕を振り上げた。




 残り2%


しかしおれは岩壁に追い詰められ、奴の爪から逃れる事が出来ない。




 残り1%


邪竜の腕が振り下ろされ、死神の鎌のような爪がおれへと迫る。


もうダメか⁈


おれは目を閉じて覚悟を決めた。




……インストールが正常に完了しました。Psiスキル【SLOW】の発現を確認。




 きたか!


おれはすかさずPsiスキルを発動させる。


ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥン‼︎


その瞬間、おれの身体から薄紫色のエネルギー波動がほとばしった。


波動は空間をたわませながら、おれの周囲を、目の前の竜をもゆっくりと包み込んでいく。




 おれは息を呑み、自分の頭上を見上げた。


何と、頭上数センチ上の場所で奴の爪が停止しているではないか!


いや、停止しているのではない。


よく見ると、非常にゆっくりとだが、爪はおれを切り刻まんと動いているのだ。




 おれの周囲の時間を遅くする能力。


これが【SLOW】か‼︎




 おれはすかさず横へと飛び退き、爪の軌道上から身をかわした。


次の瞬間、停滞していた時間が元に戻り、巨大な爪が空を斬る。


ズズゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン‼︎‼︎


邪竜の爪は、さっきまでおれが立っていた場所に深くめり込み、衝撃と共に地面に大きな三爪痕を残した。




 なるほど、SLOWは時間制限つきか。


いつまでも時間を遅くは出来ないらしい。


制限時間は大体三秒程度といったところか。




 これで勝機は見えた!


目の前の竜は、殺し損ねた仇敵を屠るべく、力を込め地面にめり込んだ腕を引き抜こうとしている。




 「させるか!」


おれは再度SLOWを発動させた。


空間が撓み、周囲の時間がゆっくりと弛緩していく。




 おれは木登りをするリスのようなスピードで、急いで奴の腕を駆け上った。


そして、そのまま奴の横っ面目掛けて飛び掛かり、カエルのようにしがみつく。




 「これでも喰らえ!化け物!」


おれは奴の顔面の起伏に手をかけながら、懐からグレネードを取り出した。


そして口でピンを抜き、目の前にある木のうろのような眼窩に思い切りねじ込んでやる。




 ブチュブチュとした粘着質の音がスピーカー越しに聞こえ、生暖かい血肉の感触が腕全体を包み込んだ。


その悍ましい感触に鳥肌が立つが、おれは吐き気を堪えながら、更に奥へとグレネードを捻り込んでやる。




 そしてSLOWが解除され、弛緩した時間が元に戻った。


「グルガァァァァァァァァァァァァァァァァァ⁈‼︎」


邪竜が苦悶に満ちた絶叫をあげる。




 奴は地面にめり込んだ腕を強引に引き抜くと、未だ眼窩に腕を突っ込んだままのおれを掴み、強引に引きはがした。


そして、渾身の力で地面へと叩きつけた。




 「ぐがっ?!!!」


おれの身体は地面を二、三度バウンドした後、勢いよく岩壁へと叩きつけられた。




 ライフゲージが一気に九割近く削られ、ピコンピコンと音を立て点滅する。


視界が赤く染まり、ドクンドクンと心臓の音が大きくなる。




 竜は地面に倒れ伏すおれにとどめを刺すべく、大きく足を振り上げ踏み潰そうとした。


しかし……。




 「もう遅い!」




 おれは岩壁に寄り掛かりながら、目の前のドラゴンに中指を突き立ててやった。


次の瞬間!




 ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン !!!!!!!!!!!!!


くぐもった爆発音が響き、奴の頭が弾け飛んだ!


奴の眼窩奥に埋め込まれたグレネードが、満を持して爆発したのだ!




 奴の頭は下顎を残して爆散し、切断面から赤い血をスプリンクラーのように吹き出している。


熱く、赤黒い血肉がシャワーのように降り注ぎ、おれマーナの全身をまだら模様に染め上げていく。




 やがて、竜の死骸から最後の力が失われて、ゆっくりと地面へと沈んでいく。


多くの初心者達を屠り、暴虐の限りを尽くした邪竜の、余りにも呆気ない最後だった。




 その何処か物哀しい光景を眺めながら、おれはゆっくりと瞼を閉じた。


ずっしりとした、澱のような疲れが、おれの意識を闇の中へと引き摺り込んで行く……。

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