#12 ジャイアントキリング 前編

 まるで鎌のように長く鋭い爪の生えた竜の腕。


その厳つい手の中には、夜兎さんの華奢な体がしっかりと握られていた。




 「うぅ……!」


夜兎さんはか細い呻き声を上げながら、奴の手から逃れようと必死にもがいている。


しかし、奴は拘束の手を一切緩めることなく、さらに強い力で彼女を締め上げていく。




 「夜兎さん、今助けます!」


おれは奴の指を狙い、アサルトライフルを乱射する。


しかし……いや、やはりというべきか、弾丸は奴の強固な鱗に阻まれ、一切ダメージが通らなかった。




 「マーナくん、わたしのことはいいですから、早くここから逃げてください。わたしたちのかなう相手じゃありません。」


夜兎さんがか細い声でそう呟いた。




 夜兎さんの言うことは正しい。


目の前の敵と、おれたちの戦力の差は、あまりにも開き過ぎている。 


まともにぶつかっても勝ち目はないに等しい。


相手にせず、やり過ごすのが賢いやり方だろう。




 夜兎さんが喰われている間に安全圏へと退避し、リスポーン地点で復活した夜兎さんと合流。


その後酒場へ帰還して任務完了を報告する。


それがベストな選択だろう。


しかしおれは、そのベストな選択を破棄した。




 あの時のおれは、(まったくもって愚かしい話であるが)わけのわからない怒りと衝動に突き動かされていた。


目の前で好き勝手に暴れる竜に対して、すごくムカついていたのだ。




 そうこうしている間に、竜が大口を開けて夜兎さんにかぶりつこうとしている。


糸のようなヨダレを引くするどい歯列が夜兎さんに迫る。


竜は、黄色く濁った瞳を大きく見開いて、一息に夜兎さんを……




 (今だ!)




 おれは針のように深く深呼吸すると、自分でも不思議なくらいの集中力を発揮し、奴の瞳目掛けてライフルをタップ撃ちした!




 タタン!タタン!


ブチュッという水気の多い音が響き、まるで潰れたトマトのように奴の左目が弾けた。




 「⁇⁈グガァァァァァァァァァァァァ‼︎‼︎」


竜が左目を押さえ、咆哮した。


その叫びは、苦悶と困惑がありありと入り混じった、酷く悲痛なものだった。




 攻撃が鱗に弾かれて通じないのなら、鱗のない部分を狙えばいい。


ほとんどの生き物にとっての急所である眼球を。


竜が夜兎さんにかぶりつく、ほんの一瞬の隙を狙って、奴の眼球を狙撃する。


おれの目論見は当たった。




 突如自身を襲った苦痛に悶絶し、手に握った夜兎さんを放り投げ、竜は更に吠え続ける。


地面に投げ出された夜兎さんは二、三度かぶりを振った後、呆然とした顔で身悶えする竜を見上げる。




 「夜兎さん!今のうちに逃げて!はやく!」


おれの声に弾かれるように、夜兎さんがその身を起こして駆け出す。




 「こっちだ!化け物!」


おれは夜兎さんが無事逃げられるように、竜に向けてライフルを乱射し、こちらに向かって気を惹きつける。




 「グルォォォォォォォォォォォォォォォォン‼︎‼︎」


隻眼の竜が、憎悪と憤怒に燃え盛る瞳でこちらを睨みつける。


おれはすぐさま踵を返し、森の中へと一直線に駆け出した。










続く

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