#4 ウィンターミュート

巨大な機械扉を抜け、街へと一歩踏み出す。




路地を行く人々の喧騒。




屋台から漂う肉の焼ける香ばしい匂い。




頬を凪ぐ気怠く湿った風。




明滅するカラフルなネオン看板。




VRゴーグル越しに、それらの感覚が流れ込んでくる。




とてもヴァーチャルとは思えないような、凄まじい臨場感だ。




五感を通じて、街を感じる。


五感を通して、街に圧倒される。




いやぁ、技術の進歩ってのはすごいもんだな!


こんなリアルなゲームが作れるなんて!




おれは目を瞑り、いったん深呼吸すると、待ち合わせ場所の酒場に向かってまっすぐ歩き出した。




エレベーターを降りてすぐの大通りをまっすぐ進むと、目的の酒場はすぐ目の前にあった。




『冬』『寂』と書かれた巨大なネオン看板が掲げられた、古びた酒場。




その名も冬寂ウィンター・ミュート




アウトキャストたちが仕事の依頼を請けたり、雑談したり、バンドを組んだり、パーティーメンバーの募集をしたりする場所。




まあ要するに、ファンタジーゲームでいうところのギルドにあたる場所だと考えてくれ。




おれは店内へと通じる薄暗い階段を降りて行き、店の中へと足を踏み入れる。










101101010100101010101110101110010101……










退廃の街、ジャンクジェット・シティの表通りに位置する酒場、冬寂ウィンターミュート。




その店内は意外と広く、店の中はPC、NPC含めた様々な人々でごった返していた。




店内にはノリのいいトランス・テクノが轟音で鳴り響き、中央にあるダンスフロアでは、音楽に合わせて大勢が踊り狂っている。




高い天井にはミラーボールが煌々と輝き、真下で踊る人々に散乱する七色の光を投げかけている。




「ほえー、なかなかいい雰囲気の店じゃないの。」


おれは間の抜けた声でそう呟くと、店の奥にあるカウンター席に歩いて行く。




カウンター席には既に数人の男女が腰かけ、にこやかに談笑している。


おれは適当に空いている席に座り、きょろきょろと周囲を見渡した。




(待ち合わせ場所はここで間違いないんだよな?)


おれは他の席に座る客をちらりと横目で見た。


そして、アバター上部に表示されたプレイヤーネームを確かめ、エリルの名がないか確かめる。




(レマットに、ニャンラトテップ……さっきのエレベーターで一緒だった奴らか……。エリルは……いないようだな。)


どうやらカウンター席には玉兎のアバターはいないようだ。


いるのはエレベーターでおれと一緒だった初心者が数名ほど。




(あいつ、ダンスフロアにでもいるのかな?)


そう思い、立ち上がろうとした瞬間、ふいに後ろから誰かに目隠しされる。




「だーれだ?」


聞き覚えのある声だ。


「……玉兎か?」


おれは他のカウンター客に聞こえないように、しずかにゆっくりと答える。




「ノーノ―、ここではエリルって呼んでよ。ね、兄貴♡」


耳元でそう囁く声。


そして、おれの眼を覆っていた柔らかな手が、ゆっくりと外されていく。




振り返ったおれの目に映ったのは


巨大な対戦車ライフルを背負った、ツインテールのうさ耳美少女。




我が妹、月影玉兎のアバター『巫礼荒エリル』がそこにいた。








続く


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