#5 壊れ物のフラジャイル

「なるほど、そのアバターがここでのお前の姿か。」


「そうだよ!ね、なかなかかわいいでしょ?」




目の前のうさ耳美少女がにっこりと笑う。


おれは腕組みをし、玉兎のアバターを、頭の上からつま先までじっくりと眺めた。




くせっけのある薄桃色のツインテール。


ところどころにウサギの意匠を取り込んだ、真紅のコンバットドレス。


背に背負ったごつい銃火器と対照的な、華奢で幼い体躯。


どこか眠たげで、退廃的な光を宿した瞳。




う~む、さすが我が妹ながら、なかなかのセンスだ。


まさに非の打ちどころがない、完ぺきなうさ耳美少女じゃないか。




「さすが、我が妹!いいセンスだ!」


「ありがと!兄貴!」


おれの心からの称賛に対し、妹はいい笑顔で返事をする。


ハハハ!!実にいいいい笑顔だ!すごくかわいいぞ、我が妹よ!




「ところでエリル、酒場で仕事を請けられるって聞いたが、いったい誰に話しかけりゃいいんだ?」




「仕事?それなら、あっちでグラス磨いてるロボットに話しかけてみて。あの子が仕事を紹介してくれるから。」


おれはエリルが指さす方を見た。




見ると、カウンターの奥の方に、ロボットがいる。


まるでアンティークショップで売られているブリキのロボットを思わせる、レトロな外観のロボだ。


ロボットは無骨なマニピュレーターを器用に動かし、グラスを丁寧に磨いている。




ロボットの上部には『フラジャイル』の表記。


壊れ物フラジャイル、それがこのNPCロボットの名前らしい。


おれはぴょこぴょことロボに近づいて行って話しかけた。




「すみませーん、仕事を紹介してもらいたいんですけど。」


おれはカウンターに身を乗り出し、話しかけた。


するとロボがグラスを磨く手を止め、無機質なカメラアイを光らせ、こちらを睨んだのだ。




「あぁん⁈なんのようだチビ助?ここはてめぇみてぇなガキの来るところじゃねぇぞ?とっとと帰りやがれ!!」


と、ハウリングのかかっただみ声で、おれにどやしつけてくる。


目の前の鉄くずの余りのガラの悪さにしばらく閉口していると、


「ごめんね、兄貴。この子ちょっと口が悪くて……。」


おれの後ろにいたエリルが助け舟をだしてくれた。




「なんでぇ、エリルの悪ガキじゃねぇか?そのガキ、あんたの知り合いかい?」


フラジャイルがおれの背後にいるエリルにそう語り掛けた。


エリルの姿を見た途端、こころなしかフラジャイルの口調が柔らかくなったように感じる。




「うん、この子はマーナちゃん!ついさっき地下から出てきたばかりなんだよ!よろしくね!」


と、エリルがおれのことを紹介してくれた。




「はっ、つぅことはだ、このチビの嬢ちゃんもクソったれのならず者アウトキャストってわけか。まったく、また余計な面倒が増えるな。……あー、お嬢ちゃん、ちょっと待ってな!」


そうぶつぶつ呟きながら、フラジャイルはカウンターの中から何かを取り出すと、それを乱暴にカウンターの上に投げ出した。




カウンターの上に置かれたもの。


一見するとそれは、ライトグレーのデジタル腕時計のように見えた。


「そいつはG・E・A・R・だ。戦前に崑央クン=ヤン重工インダストリが大量生産した、携帯情報端末の官給品ミリタリーモデルさ。アウトキャストはこれがなきゃはじまらねぇわな。


さぁ!腕に巻いてみな!」


おれは端末を手に取りしばらく眺めた後、おそるおそるそれを腕に巻いてみた。


おれマーナの白く細い手首に、スルスルとベルトが巻き付き、自動的にサイズが調整される。




端末側面の主電源ボタンを押すと、盤面中央のディスプレイから『崑央重工』の企業ロゴがホログラム投影され、ユーザーの生態認証バイオメトリスク登録が開始される。






_生体情報を確認_






_認証開始_






_ユーザー登録完了_






_ユーザー名マーナ・ガルム_






_ようこそ!G・E・A・R・へ!_






「ユーザー登録が完了したか。それじゃあ、さっそく仕事を頼むとしよう。」


お、さっそく仕事の依頼か!


おれはワクテカしながら身構えた。




「郊外の森林地帯に出没するダイアラプトルの排除。それがお前さんの初仕事だ。場所や敵対勢力の詳細情報はG・E・A・R・に転送してある。さぁ、行ってこい、アウトキャスト!」




ピコン、という音と共に、G・E・A・R・のクエストメニューに任務の詳細情報が表示される。






_任務情報_






_目標地点に到達_






_ダイアラプトルを5体以上退治する。_






_フラジャイルに任務達成を報告_






おれは任務内容を確認し、G・E・A・R・のメニュー画面を閉じた。


「それじゃ、行ってくるわ。」


おれは片腕を挙げてエリルとフラジャイルに会釈すると、酒場の出口に向かって歩き出した。




「あ、ちょっと待って兄貴!」


「うん?どうしたエリル?」


出入り口のドアノブに手を掛けたところで、エリルから呼び止められて振り返る。




「これ、持って行って!」


そう言ってエリルがおれに向かって何かを放り投げた。


おれは慌ててそれをキャッチする。




「なんだこれは?」


おれはエリルが放ってよこしたものをまじまじと見つめた。


それは淡い蛍光ブルーの光を放つ、コンピューターチップのようなものだった。




「それはPsiチップっていってね、使うとランダムで特殊能力が手に入るの。」


「へぇ、特殊能力ねぇ。空飛んだりとかできんの?」


「うん、そういうのもある。時間制限はあるけどね。最近ここらも色々物騒だから、一応渡しとくね。まぁ、兄貴には必要ないと思うけど。」


「ふーん、じゃあ一応もらっとくか。ありがとな、エリル!」


おれは手の平の中で蒼く輝くチップを弄びながら、返事を返した。




最近ここらも物騒だから


エリルの言った言葉が何となく引っかかる。


物騒……いったいどういう意味だろう?


たちの悪いPKでも出没するのかな?


まぁ、実際行ってみればわかることだろう。


右手をぶんぶん振って見送るエリルに手を振り、おれはこの古びた酒場を後にした。






続く

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