覚悟

   

敗北宣言をする芽依に日和はゆっくりと近づき、芽依の頬へと右手を伸ばすと次の瞬間


パシン!!!


と、日和が芽依の右頬を叩く。


「……えっ?!」


突然の事で芽依は右頬を触りながら茫然とする。すると、普段は温厚な日和がいきなり声を荒らげた。


「ふざけないで芽依ちゃん!!」


「ひ、日和……ちゃん?」


「何が“私じゃ日和ちゃんには勝てない”よ!見損なったわ芽依ちゃん!!私はその程度で好きな人キョー兄を諦める様な人との勝負を受けたつもりも無いし、ましてや親友になった覚えは無いわ!!……いい芽依ちゃん私はね、例え勝負に負けてキョー兄を諦める事になったとしても芽依ちゃんならしょうがないって思っていたの。だって、だって芽依ちゃんは転校して初めてできた、私の大切な親友だから……それなのに……それなのに芽依ちゃんは勝てないって勝手に決め付けて、立候補を辞退して私にキョー兄を譲るなんてそんなの、そんなのただの自己満足じゃない!!」


怒りの籠った声で芽依を叱責する日和のその瞳には今にも溢れそうな涙が溜まってた。


日和の圧に押されて、ずっと黙っていた芽依が口を開く。


「うるさい……うるさい、うるさい、うるさい、うるさーい!!そんな事日和ちゃんに言われなくたって分かってるわよ!!……私だって、私だって京さんの事を諦めたくなんか無い!!今だって京さんの事をずっと思っているし、日和ちゃんが京さんと付き合うって考えただけで心が張り裂けそうになるの!」


そう言って芽依は瞳に涙を溜める。


「それなら何でそんな簡単に諦めるなんて言うのよ!」


日和が芽依の肩を掴みながら聞くと、芽依は涙を流しながら掠れる声で


「だって日和ちゃんは、私の大切な親友だもん……だから私は日和ちゃんに幸せになって欲しと思って……」


そう言って泣き続ける芽依に対して、同じく涙を流す日和はゆっくりと芽依を抱きしめながら


「ありがとう芽依ちゃん。芽依の気持ちは凄く嬉しいよ……でもね、私は芽依ちゃんからんじゃ無くてたいの!だってそうじゃなきゃ胸を張ってキョー兄の隣りには居られないもん」


「……日和ちゃん……」


「それに、芽依ちゃんに負ける様じゃ葵先輩や葵先輩のお姉さん達にはきっと勝てないから」


と言いながら日和は笑みを浮かべる。

すると、先程まで泣いていた芽依も微笑みながら


「ごめんね日和ちゃん。私、口では日和ちゃんの為って言ってたけど、結局は自分の情け無さを認めたく無かったんだと思う」


と言って頭を下げる芽依に日和は満足げな表情をしながら


「ようやく分かってくれたのね芽依ちゃん。それならしょう『でもごめん!』……えっ?!」


日和が言い切る前に芽依が遮る。


「ごめん日和ちゃん!やっぱり私は日和ちゃんと勝負出来ないよ」


芽依がそう言うと、日和は顔を強張らせながら質問する。


「どうしてなのか理由を聞いてもいいかな?」


日和の質問に対して芽依は頬を赤くしながら答える。


「だって私、日和ちゃんとの勝負の途中で京さんに告白しちゃったんだもん……」


「・・・・・へぇ????」


先程まで強張った表情をしていた日和は、芽依の言葉を聞いた途端に唖然とした表情にながら間抜けな声を出すと念の為


「ほ、本当?」


と、再確認する。

冗談であって欲しいと願う日和だったが、その願いもすぐに崩れ去った。


「うん、本当だよ」


「そ、それで、キョー兄はなんて?なんて返事をしてきたの??!!」


取り乱す日和を抑えながら芽依は


「それがね、京さんって酷いんだよ!今はまだ答えられないから待ってて欲しいって、堂々とキープ発言して来たんだよ!」


「ほ、本当なの芽依ちゃん??!」


流石の日和も驚きであった。

まさか自分の思い人がそんな女誑しの様な事をするとは思えなかったからだ。

だが、芽依は日和の質問に対して


「本当だよ日和ちゃん!」


と言って肯定する。


「うわ〜それは流石にねぇ」


「ただね、その時の京さんの表情が少し辛そうだったんだよね。なんて言うかトラウマを思い出した時とか、罪悪感に押し潰されそうな時見たいな表情をしてたんだけど、日和ちゃんは何か心当たりとかないかな?」


芽依の質問に対して日和は少し考える。

そして、芽依の言っていたトラウマと言う言葉を聞いて日和は気づいた。


キョー兄はあの事件で恋愛に対して後ろ向きなんだと。


それは京が日和に対して必死に隠していた秘密だった。もし日和が知れば、京にトラウマを克服させる為に何かしらの行動を起こす可能性があったからだ。もちろん絶対と言う訳では無いし、行動と言っても些細な事かも知れないが、それでも京にとって日和は従妹と言うよりも本当の妹の様な存在なので、自分のせいで迷惑をかけたく無かったのだ。


まぁ簡単に言えば、ただのシスコンなだけである!!


京の隠していた秘密に気づいた日和は、芽依の質問に


「う、うん。多分だけど心当たりはあるよ」


と答える。


「やっぱりあるんだ……ちなみに日和ちゃんは私が教えてと言っても教えては、くれないよね?」


「ごめん芽依ちゃん。この事に関してはキョー兄にとって、知られたく無い事だろうから私には話せないよ」


「そう、なんだね……うん、ありがとう日和ちゃん。気になっていた事が分かって、ようやく腑に落ちたよ。これでようやく京さんの事を


と、必死に笑顔を浮かべる芽依に日和は


「ねぇ芽依ちゃん」


「ん?何、日和ちゃん?」


「私からの提案と言うか、お願いなんだけど聞いてくれる?」


「うーん、内容によるかな?」 


「私も芽依ちゃんもキョー兄の事が好きじゃん」


「そうだね……」


「でもキョー兄の事が好きな人って私達以外にもいるじゃん。葵先輩とか葵先輩のお姉さんとか……」


「……うん」


「だからね、私と芽依ちゃんで協力してそんな人達からキョー兄を守るの!」


「でも、京さんを守ったとしてその後はどうするの?」


「最後はキョー兄に私と芽依ちゃんのどっちかを選んでもらう。もちろんどっちが選ばれても恨みっこ無しで、選ばれた方を祝福するって事でどうかな?」


「いいの?私、約束破って京さんに告白したのに?」


「その事に関しては少しだけイラっとしたけど、もう気にしてないよ」


「切り替えが早いんだね日和ちゃんは」


「まぁアメリカ向こうじゃあ、そうじゃないとやって行けなかったからね!」


「そうなんだ……少しだけ考えさせて」


「うん、いいよ」


日和の提案に芽依は少し考えた後、一度深呼吸をしてから口を開く。


「私ね日和ちゃん。京さんに告白した時に、振られても良いやって思ったんだ……でも京さんは私を振ら無かった。最初はふざけるなと思ったけど、心のどこかで振られなくて良かったって安堵している自分がいたの。本当、私ってどうしようも無いよね……でも、お陰で私は自分で考えているよりも京さんの事が好きなんだって気付けたんだ!」


芽依は胸に手を当てながら話す。そんな芽依を日和は黙って見つめていた。

下を向いていた芽依が視線を上にあげて日和を見つめると


「だから私は日和ちゃんの提案を受けるよ!ううん、日和ちゃんお願いします。どうか私に、京さんの事を好きで居られる時間を……チャンスを下さい!お願いします!!」


と言って芽依は日和に頭を下げる。

すると日和は芽依の肩を掴みながら


「顔を上げて芽依ちゃん。私からもお願いします。私と一緒にキョー兄を守ってくれませんか?」


そう言いながら日和は芽依の前に右手を出して握手を求める。


芽依はその手を力強く握り


「うん。よろしくお願いします日和ちゃん」


「こちらこそよろしくね、芽依ちゃん」


こうして、日和と芽依による「他の女から京を守ろうの会」が誕生したのだった。

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