間話 本当の私

私が私である事



今回は東子ちゃんの過去編です




 私の名前は「葵 東子」 音羽大学附属高校3年生で生徒会長を務めている。


 実家は戦国時代から続く葵流古武術の宗家で、父は20何代目かの当主として不動産業の傍ら実家で開いている葵道場で師範をしている。その為、姉である南と私も物心つく前から葵流の修行をしていたのでそこら辺の不良程度なら余裕で撃退できる。(実際に、何回か撃退している)


 そんな私は自分で言うのなんだが間違いなく天才と呼ばれる部類の人間だと思う。

 成績も学年トップで全国模試でも一桁台、更に運動神経も良く初めてやるスポーツも少し練習すれば大抵はこなせるようになる。

 その上、容姿も良く私を見る同級生や下級生の視線には羨望や尊敬と言った感情が込められている。


正直に言おう、めちゃくちゃ優越感がある!


 だってしょうがないじゃんか! 私の姉である「葵 南」は、私よりも優れた容姿と若くして大学の助教授になれるほどの頭脳、更に運動神経も私よりも数段上で、実家の道場では3本の指に入る実力で師範代を務めている。


  ……えっ?! 完璧過ぎない?!

 


 そんな姉を見てきた私は神を呪った。


 小さな頃から姉と比べられ続けられ、テストの点数に大会の成績、学校や周りの評価など事あるごとに比べられその悉く私は負け続けた。


 更に、たとえ私が良い成績を残しても両親は全然褒めてくれなかった。そんな日々が続いていけば、当然のように私はすさんでいった。まぁ、と言っても目に見える事は一切していない。(と言うより父が怖すぎて出来ない)せいぜい人との会話を必要最低限しかせず、そっけない態度ばかりし続けていったくらいだ。


 けれど次第に、本当はもっと私を見て欲しい。もっと私を知って欲しいと言う反対の感情だけが膨れていった。


 徐々にそれが普通になっていき、高校に上がると私は周りから、その態度がクールだとか、女王様だとか言われていく様になり、容姿が良かったのと相まって男子からの告白も増えていった。


 嬉しかった。

 これまで近所の同い年の男子も、道場に通う男子も、皆んな揃って姉にばかり好意を抱き、私の事を見てくれない。それが当たり前だったので、私の中を優越感の様な感情が満たしていった。


  そして、私はそこから拗れていった。


 男子からの告白は嬉しかった。けれど、それと同時に『もし私に告白した男子達が姉を知ったら、私よりも姉の方へ行ってしまうんじゃないか……』と考える様になった。


そう、それはまるで私を蝕む呪いの様に……


 だからだろうか、私は告白してくる男子に対して、


「お断りするわ!」


「何で貴方と付き合わなければならないの?」


「消えて」


など、ドン引きするくらいの冷たい言葉で断っていった。

 

 もちろんこれが、姉に対する嫉妬心から来ている事は分かっている。それでも私は『姉では無く、私の事を見て欲しい』と言う、ある種の承認欲求から抗うことが出来なかった。


 だから私は、男子達を姉と引き合わせない様にするために敢えて冷たくあしらう事で距離を置かせた。そうする事で、姉では無く私の事だけを見てくれると思ったから……


 その後も私は、告白してくる男子に対して冷たい態度を取り続けた。そのお陰かどうかは分からないが、何故か私に『氷姫』と言うあだ名ががつく様になった。

 それと同時に、私の周りには友達と呼べる人は1人も居なくなった。


 そりゃあそうでしょ。


 周りからチヤホヤされて、男子から告白されるは嬉しいけど、姉に取られたく無いと言う理由から冷たくあしらって距離を取らせようとする『クソ面倒くさい女』になんて、誰が好き好んで関わりたいと思うんだって話だよねぇ〜。



 さて、皆さんは今、「よくそんなんで生徒会長になれたな?」なんて思うかも知れないが、その理由は単純明快! ただ単に現在の私があの頃よりも穏やかになっているからである!


 その訳は私が高校2年に上がった頃の話


☆☆☆☆☆☆



 高校2年生に上がった私は、去年と変わらず誰とも関係を持とうとせず1人で居続けた。

 花の女子高生。それも高2とくれば、彼氏の一人や二人居てもおかしくは無いが、残念ながら私にはそんな者は居ないし、作る気もサラサラなかった。


 そんな私も、必ず道場へは毎回顔を出して汗を流す。こればかりは染み付いた習慣の様なものでなかなかやめられない。

 そんなある日、姉が1人の男を道場へと連れて来た。うちの道場は圧倒的に女性の方が多いが男性も少しは居るので、別に珍しい事でも変な事では無いので、周りの人達は男に対して友好的だった。


 けれど私は、その男に対してあまり良い感情を持たなかった。

 

 理由は単純、姉が連れて来たから。



 姉から話を聞くと、その男は姉の勤める大学の学生で、私とは2つ歳がはなれているようだ。しかもかなりの実力があるらしく、姉曰く私よりも強いらしい。



………は?



 それを聞いて私はその男に試合を申し込んだ。


「ねえ、私と試合してよ」


すると男はキョトンとしながら、


「…? えっと、君は?」


「はっ? あんた、師範の娘くらい覚えておきなさいよ!」


 私は男を睨みながら怒鳴る。

 すると男がは、


「そう言われても俺、今日突然葵さんに呼ばれてきたから」


 自分がどうして道場に連れてこられたのか説明し始めた。


「––––というわけで、葵さんに無理矢理呼ばれたんだよ」


「あっそ! ならいいわ、南姉さんならしょうがないわね」


 あの姉ならしょうがないと諦めた私は、睨むのやめた。


「それは助かります。あっ! 俺の名前は「木村 京」と言います」


「私は東子よ、よろしく」


「よろしくお願いします」


 こうして私とキム兄とのファーストコンタクトは最悪だった。


 その後、私と木村京の試合は時間切れにより引き分けとなった。試合が終わると、観戦していた周りから拍手が送られ、お疲れの言葉を貰った。

 

 私は汗だくになったアンダーシャツを取り替えるために更衣室に向かいながら先ほどの試合を振り返る。


(確かに強かったけど、南姉さんが言うほどじゃぁなかったわね)


 木村京は確かに強かった。フィジカルや体力は私よりも上だった、けれど技術や試合運びなどは寧ろ私の方が上だった。


(私よりも強いって話だったけど……所詮は南姉さんの買い被りだったみたいね)


 私はそう結論付けた。



 私が更衣室から戻って来ると、いつの間にか姉があの男を誘って試合を始めていた。

  

 それはあり得ない……いや、あり得てはいけない光景だった。


 正直この時、私はどんな感情を思っていたのか、今では思い出すことができないが、ただ今まで1番ムカついていた事だけは覚えている。


何故ならば……


 私が見つめる先には私のはるか高みにいる姉と互角に挑んでいる男。

 先程の私との試合とは打って変わって、キレのある技に動き、そして駆け引き、どれをとっても私では勝つ事が出来ないとわからされる程だ。


(ああ、私は手を抜かれてたんだ)


 唇を噛みながら私の心は怒りでいっぱいだった。


 私は試合が終わるまで、男の事を睨み続けていた。



 姉の勝ちで試合が終わり、男が壁際に腰を下ろしたのを見計らって私は男の元へと駆け寄り、


パシッン!!


 その頬を思いっ切り叩いた。

 唖然とする本人と周りを他所に私は、男の襟を掴んで怒鳴り散らす。


「ふざけるな!!! どうして私の時は手を抜いたの!! 私が女だから?! それとも私じゃ相手にもならないから?! ねぇ答えてよ!!」


 自然と目から涙が溢れてくる。それでも私はその男を問いただした。


 すると男は申し訳なさそうな表情をしながら、私を真っ直ぐ見つめて口を開く。


「ごめんね、試合中の君がなんだが辛そうだったからつい」


「!?!?!? な、何で、何で貴方はそう思ったの?!」


 私は反射的に襟から手を話して男と距離を取った。

 すると男は両手を組みながら何かを思い出したかの様に話し始める。


「うーん、君の表情が昔の俺にそっくりだったからかな? なんて言うか、周りの全てが敵と言うか信じられない。でも自分の事を見て欲しいみたいな・・・」


驚いた、この男はずっと私が抱いているこの忌まわしい感情を言い当てたのだ。

言い当てられた事で私はついキレてしまう。


「はっ? だからってあんたが手を抜く意味がわかんない! ちゃんと答えなさいよ!」


しばらくの沈黙の後、男が口を開く


「うん、確かにそうだね。手を抜いた事に関しては俺が悪かったよごめんね。でも君がさっきみたいな顔をしてる限り、俺は君とは本気でやらないよ」


「何でよ! お姉ちゃんには本気でやったくせに!」


「……ねぇ、何で君はそんなに食い下がるんだい?」


「私が納得できないからよ!」


「そうか、・・・・それなら仕方ないかなぁ。良いよ、本気で相手してあげるよ。でもその代わり、俺からも1つ条件があるけど、いいかな?」


「何よ?」


「えーと、君がその顔を止めるまで試合続けるって条件」


「は? なにそれ・・・いいわよそれで」


「よしそれじゃあ葵さん! すみません!」


男が南姉さんを呼ぶ。


「なに木村君?」


「すみませんが、稽古が終わった後に試合をするので、葵さんに審判をお願いしても良いですか?」


「構わないけど誰と試合するの?」


「東子さんとですよ。ああそれから、俺が止めるまで試合を続けさせて下さい」


「??? ……分かったわ。この私に任せなさーい!!」


「ありがとうございます。葵さん」


こうして、私と木村京との再試合が決定した。





 稽古が終わったあと、父さんを始め門下生の人達が全員帰ったので、私と木村京は中央の試合場で向かいあう。


「お互い、準備はいい? それじゃあ……いくよ!」


そして私と男の本気の試合が始まった。


「それでは始め!」


 南姉さんの合図と同時に私は男の襟を掴みいく、すると


バッン!!


 私が掴みにいった腕を逆に掴まれたと同時に倒され背中が畳につく。


「一本、それまで!」


 秒殺、いや瞬殺と言っていいだろう。


 私はなにが起こった理解しようと周りを見回すと男が私を見下しながら口を開く。


「何してるの? 早く立って、ほら、もう一度だよ」


「え?」


「え? じゃないよ、早くたちなさい」


 男は今までとは打って変わって、殺気の様なものを放ちながら私の道着を掴んで立ち上がらせる。


「葵さん、お願いします」


「はっ! 始め!」


ドッン!!


今度は合図と同時に背負い投げをされる。


「一本! それまで」


また瞬殺、そして


「ほら、立って!」


またしても道着を掴まれ立ち上がらされる。


「葵さん」


「始め!」


私は何度も何度も倒されそのたびに立ち上がらされて、また倒される。


そして・・・


パシッン!!


「ほら立って!」


「もう嫌だ」


また瞬殺され、私は立ち上がる事を拒否した。


「何で? 君が本気でやって欲しいって言うからやってるんだけど?」


そう言って男は首を傾ける


そんな男に対して私は質問をする。


「な、何でこんな事をするのよ?! 私はただ……」


私は言い淀んでしまった。すると


「ただいつもお姉さんだけズルい。もっと私を見て欲しい・・・かな?」


「ど、どうして」


「言ったでしょ、俺もちょっと前にそんな時期があったから分かるんだよ。理由は君とはちょっと違うけどさ、でも君はそれをただの承認欲求だって分かってる分、余計拗らせてるけど」


「あ、あんたは、あんたは何がしたいの?」


 口調が徐々に早口になっていく。うまく話せない。


「言ったでしょ、君のその辛そうな表情を辞めさせたいだけだよ」


「私の事をたいして知らないあんたに何ができるのよ!」


 男の言葉を聞いているうちに私は自分がどうかなりそうな位混乱していた。


 心臓の鼓動が早い!うまく呼吸ができない目が回りそう、何も考えられない。


 でもその男の言葉だけはしっかりと聞き取れる。


「確かに俺は君の事を知らない、けど君を褒めてあげることは出来るよ」


驚くほど優しいく、穏やかな口調で男はとんでもない事を言った。


「えっ!」


思わず驚いてしまう。


「今までよく頑張ったね、俺はこんなになるまで頑張った君の事を尊敬するよ」


 男は私の頭を撫でながら1番私が欲しかった言葉を言ってくれた。


「う、嘘……嘘、なんで……」


 私は上手く感情のコントロールが出来なくなっていく。


 すると男は私の頭を自分の胸へと抱き寄せながら優しい声で、


「我慢しなくて良いんだよ」


 と、言ってくれた。


「う、うう、うぇーん!!」


 ついに耐えきれなくなった私の瞳から涙が溢れていった。



 人前でここまで泣いたのは多分始めてだと思う。そんな私を男は抱きかかえながら撫で続けてくれた。


 しばらくしてようやく涙が枯れたのか泣き止むことが出来た私に、男は抱き上げる様にしながら声をかける。


「どうやら泣き止んだ様だね、ほら立てるかい?」


「ありがとうござい–––ッ!?」


 顔を上げた直後に目に入ってきたのは、びしょ濡れになった道着だった。

 私は慌てて男から離れたが、男の道着は私の涙などでびっしょりと濡れていた。なんせ十数年分の涙だものしょうがないと割り切る、でも無性に恥ずかしくなった。


「あの、ごめんなさいその道着がそれにシャツを濡らししまって」


「気にしなくてもいいよ。着替えは持ってきているし、この程度で君の笑顔が見れただけで、満足だからね」


「っーーー!」


 思わず私は顔を下に向けてしまう。


 多分私の顔は今とんでもなく真っ赤になっている事だろう。


「あれ?そういえば南姉さんはどこに?」


「ああ、葵さんは君が泣き始めてから家に帰ると言って行っちゃったよ」


「まったく、あの姉は」

「ふふふ」


「なに、そんな笑ってどうしたの?」


「いや、ようやく君のその笑顔が見れて良かったと思っただけだよ」


「・・・バカ」


「ひどいな、君だってバカだろ?」


「はっ? 私こう見えても学年トップの成績なんですけど」


「そう言う意味じゃねーよ全く、それで君の悩みは晴れたかな?」


「・・・東子って呼んで」


「へぇっ? なんて?」


「だからっ! 私のことは東子って呼んでって言ったのよ!」


「それじゃあお言葉に甘えて東子ちゃんって呼ぶよ、代わりに俺のことは木村さんって呼んでくれ」


「そこは下の名前じゃないんだ?」


「いや、流石に年下に下の名前は照れる」


「それならキム兄って呼ぶね」


「キム兄って、まぁ・・・良いよ」

 

とキム兄は照れながら答える。


「ちょーしに乗るなバカ」


私はキム兄の頭をチョップする。


「「あははは」」


「ねぇキム兄ありがとう。ようやく私の悩みも晴れたよ!」


「それは良かったよ!」


 その後は2人で道場の掃除をしてからキム兄は帰った。


 私は家に戻りお風呂に入る。


「うふふ、あースッキリした!今まで本当に下らない事に悩んでた自分が馬鹿みたいね」


と鏡を見ながら自然と溢れる。


「それにしてもキム兄の手って大きかったなー! それに優しいし・・・あれ? なんだろうこの感じ、もしかしてこれって恋? 会ったばかりの男の人に? やばい、もしそうだったらどうしよう! こんなんじゃ、次会った時にどんな顔をすればいいの?」


 と、独り言を永遠と吐き続けていると母親から


「ちょっと東子! 早く出てきなさい!」


と言う声を聞いて急いでお風呂からでた。


 そのあとご飯の時に家族から顔つきが変わったとツッコまれたのは言うまでもない。

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