後から来たのが先輩で
先に来たのが後輩
「あたし、大学に入りなおそうかな?」
前を歩いていた先輩が、突然脈絡なくそう言った。
「…ハァ?」
先輩に対してなのに、思わず本音の言葉がそのまま飛び出す。
チラッと振り返った先輩は、私の言葉がちゃんと耳に入っていなかったのか、怒ることはなく、少し頬を赤らめて、恥ずかしそうにモジモジしていた。
「アラサーババアって、馬鹿にされるかもしれないけどさ…。
やっぱり中退したままなのが気になるし、研究職って面白そうだし…」
モゾモゾ言い訳をするように呟く後ろ姿に、私は彼女の本音がピンっと来てしまった。
平行世界について研究するつもりなのだ。
中退する前、彼女は物理学科だった。元の世界に戻るための手がかりを得るために、再び大学に入って、その研究をすると言っているのだ。平行世界なんて観測する方法すら見つかっていないのに。一生かけても答えが見つからないかもしれないってことくらい、文系の私にだって分かる。
「…そんなに帰りたいんですか?」
気づくと口から言葉が出ていた。
「私はこっちはこっちで好きですよ。
日本が平和なことには変わりないし、首看板も重たいけど、されて嫌なことは書いておけばされないし、これのおかげでファッションだって、馬鹿にされないし」
先輩がこちらを向かずに、吹き出して、そのまましゃがみ込んだ。
「ぶふっ…ぶははははっ。服の趣味が変なこと、気にしてたの?!」
ツボに入ってしまったのか、笑い過ぎて鼻水が垂れている。汚い。麺類を食べた後じゃなくて、よかった。
「…いいんです!首看板のおかげで、こっちの世界ではちょっと変わった服を着ることが流行ってるんです」
散々笑った先輩は、ポケットティッシュで元気よく鼻をかんでから、振り向いた。
「あたしが研究するんだって、いいんだよ。
あたしがやってみるだけなんだから。帰る方法が分かっても、無理して帰らなくていい。それに、もしかしたら、そのとき帰りたくなってるかもしれないだろ」
いつの間に日が沈んだのか。空は藍色に染まっていた。早めに点いた電灯が私たちを白く照らす。
「…肝試し、学部の友だちと行ったんだよね。つまり、理系はまだ帰り方試してないんだろ?じゃあ、先輩に任せな!」
これだから、この先輩は嫌いなんだ。いつも自信満々で。いつも自分に正直で。
ぐっと口を閉じている私に、彼女は笑顔を向けた。
「…だからさ、しばらく家に泊めてくんない?」
ちょっと申し訳なさそうに。左の眉がちょこっと下がる。
私は大きなため息をついて、昔のように手を差し出した。
「…服は“ダサい”のしかありませんよ」
「えー…根に持つなよー」
先輩の声が夜道に響く。ひんやり冷たい彼女の手は私の心を落ち着かせた。
明日は晴れる。そんな気がした。
お天道様がみてる おくとりょう @n8osoeuta
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