十年ぶりの先輩後輩
「久々じゃん!高校卒業して以来?」
少しカビ臭い畳の部屋。交番の奥の部屋に来ることがあるなんて…。
少しドキドキしながら、あたしは彼女が買ってきた着替えに袖を通す。ハゲ散らかしたおっさんが半分白目を向いて、ダブルピースをしているイラストのシャツだった。彼女の趣味は高校時代から相変わらずらしい。
「…そうですね。私が入学する前に、みんなに“黙って”中退されて、それっきりだったので、高校の卒業式以来ですね」
振り向くと、彼女は不満げに少し口を尖らせていた。
「…怒ってる?」
「いえ…。怒ってません…」
「怒ってんじゃん!ねぇ、ごめんごめん!!」
ギュッと胸元に抱き寄せると、不満げな顔のまま、頭だけあたしの方へもたれてきた。イラストのおっさんの禿げた頭とごっつんこした。
高校時代を思い出し、彼女の頭を優しく撫でる。ボーイッシュだった少し癖のある短髪は伸びて、ボブになっていた。
「…髪。伸ばしてるの?」
「いえ…。最近はこの髪型なんです」
…あたしのことを気にかけてくれるくせに、構うと素っ気ないのも相変わらずだ。
「…先輩は中退されたあと、どうされてたんですか?」
「んー…?
バイトしてた会社が正社員にしてくれるって言ったから、それ以来ずっとそこに勤めてんだ。バイトのときより忙しくはなったけど、給料も増えたし、なんか勉強も学費払うのもバカらしくなっちゃってさ……―――あっ!!!」
「アイタッ」
急に立ちあがってしまったので、もたれていた彼女は落ちて床に頭をぶつけた。
「ごめんっ!
でも、会社に遅刻の電話するの忘れてて!」
「…あぁ、それは大丈夫ですよ」
慌てるあたしに、彼女は赤くなったおでこを撫でながら、落ち着いた様子で言った。
「ここ、元とは別の世界なんで」
「……え?」
「だから、異世界ですよ、異世界。
異世界転移デビューおめでとうございます」
ひゅーっと下手な口笛を鳴らしながら、両手であたしを指さした。
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「こっちに来てすぐは私もびっくりしましたよ」
大きな黒目を少し伏せて、ポカンとしているあたしに淡々と語り始めた。
「どいつもこいつも変な板をぶら提げてるし、無いと犯罪行為を働く連中もいるし。
そういえば、歴史の教科書とか見たら、面白いですよ。第二次大戦の勝った国と敗けた国、微妙に違うんですよ。その影響か、聞き覚えのない国も結構あったり…。
とにかく、ここは元とは別の世界です。魔法はありませんし、ドラゴンももちろんいませんが、ここはまごうことなき異世界です。
まぁ、幸か不幸か、ひとりでこっちに来たわけじゃないんですけどね。私の場合は大学のとき、学部の友だち数人と肝試しに行ったら、心霊スポットが異世界への入口だったみたいなんです」
異世界なんて、ファンタジーの話だと思っていた。いや、この場合はホラーか都市伝説か…。
「…待って。『大学のとき』って言った?」
「えぇ、私たちは十年近くこの世界で暮らしています。帰る方法は分かりません」
どこか遠くから消防自動車のサイレンが聴こえた。あたしの頭はどこか冷静で「ふぅーん、異世界でも消防車は『ウゥーウ、カンカンカン』って鳴るんだ」なんて考えていた。
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