当たり前なの首看板!
「んー…。まぁ、とにかくあなたもちゃんと自衛をしてくださいね」
目の前のお巡りさんは、何かメモをしながら、呆れるようにそう言った。
あたしはいろんな気持ちを飲み込んで「すみません」とつぶやきながらも、彼を頭からつま先までじろーっと眺める。
警察官はあたしの知っている警察と何ら変わらかった。…良くも悪くも、変わらなかった。相も変わらず、偉そうなポリ公め――っ!…おっと、安心のあまり本音が涌き出てしまった!ダメだぞー、あ・た・し☆
眠たげに欠伸を噛み殺す様子に気づかないふりをして、あたしは“首看板”をぶら提げた人々が行き来する外に目をやる。
…はぁ。ため息をこぼさずにはいられない。
ここは、ホントに現代日本なの?
******************************
交番に駆け込んだボロボロのあたしを見て、警察官はすぐに保護をしてくれた。…のだけれど、追いかけてきた強姦男たちとも話をしたあと、少し困った口調で、あたしがお説教を受ける羽目になった。
どうやら、あたしが"首看板"とやらをしていなかったのが問題らしい。
「襲って欲しがりなどんなプレイもありのドM痴女なんだと思ったんすよぉー」
だらしない態度でワケの分からん言い訳を言い張り続けるクズども。
そんなわけあるか!何言ってんだ、コイツら!現行犯だよ!現行犯!!と、腕を組んで睨みつけていると、なぜかあたしに向かって警察官は「まぁ、まぁ」となだめるように困った顔を浮かべた。
「とりあえず、今回は厳重注意ってことで済ませてあげるから、今度からはもっと慎重に動いてね」
…はぁ?!
両の目玉が転がり落ちるかと思った。多分アゴは外れた。
「ヘーイ」「サーセェン」「ホーイ」
気の抜けた返事をして、男たちはヘラヘラしながら出ていった。まるで不運なのは自分たちだとでも言わんばかりの様子で…。
******************************
「ちゃんと首看板つけてないからこういうのに巻き込まれるんですよ。どこかに忘れちゃったの?」
貸してもらったスリッパがひんやり冷たい。交番の中とはいえ、家の外で靴の代わりにスリッパを履くのはなんだかムズムズした。
「…首看板?」
「コレですよ、コレ!」
耳慣れない単語に首を傾げると、警官は胸の前で大きな四角を描くジェスチャーを描いてみせた。どうやら、例の『禁止』の白い板のことらしい。
「持ってない人には何してもいいって考えてる層って結構いるんだよねー」
「はぁ?!でも、あれに書いてあることって、わざわざ言うまでもなくダメなことばかりじゃないですか!!」
つい声を荒げてしまった。しょうがないよね。ワケの分からない待ちに来たかと思えば、襲われて、その上でワケの分からない理由をこねられて…。不満があふれてしまった。
「あー…」
そんなあたしを見た警官は何を思ったのか、途端に胡散臭いものでも見るような目つきになる。
「うん、まぁ…。お姉さんがどんな考えを持ってるにしろ、今の日本じゃ、海外からの観光客すら首看板を提げますし…」
彼の視線につられて、外に目をやるとやっぱりみんな首看板を提げている。…あたしが悪いの?ワケの分からない文化にあたしが合わせなきゃいけないの?!
そのとき、明るい声が交番内に響いた。
「ただ今戻りましたー!
着替の洋服と靴買ってきましたよー。巡回中に、急に女物の服を買って来いなんて連絡されるんで、何事かと思いましたよ!」
もうひとりの警官が戻ってきたらしい。着替えを買ってもらえたのは、ありがたいけど、警察に借りをつくるようで、少し癪な気持ちもした。
「……って、あれ?もしかして、先輩?」
少し聞き覚えのある若い女性の声。顔をあげると、一重の優しげな垂れ目が少しびっくりした様子でこちらを見つめていた。
その瞬間、パッと空が晴れたように、視界があかるくなった気がして、なんだかあたしは急に泣き出しそうになってしまう。そこに立っていた女性警官は高校時代の後輩だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます