『怪異なので合法です!〜マスクの下のアタシと…〜』

******************************


『先輩っ!…アタシ、先輩と争いたくなんて、ありません! 』


 風がふたりの間を吹き抜ける…。

 先輩と呼ばれた彼女は、振り向かずに長髪をたなびかせて、哀しげにわらった。


『…あの生徒会長戦のときも、貴女はそう言ったわよね。そして、私が留年してまで手に入れようとした会長の座は、貴女のものとなった…』


『でも、でも!もう一年留年して、今度こそ会長になられたじゃないですか!』

 泣き叫ぶような後輩の声に先輩は、一瞬の沈黙のあと、淡々と応えた。


『そう…選挙はね。

 でも、留年は二連続だと退学になるしくみだったのよ。『永遠の女子高生として生を終える』っていう私の野望はつい果てたわ…』


『先輩…』

『だから、もうほうっておいて…』

 黙りこくって、うつむいた彼女を後輩は後ろからギュッと抱きしめた。


『嫌です!

 先輩が世界を滅ぼす魔王になるっていうのなら、アタシも一緒に連れて行ってください』


 後輩の言葉に先輩はぐっと目を閉じてから、優しく微笑んだ。

『もう…。いつもの朝の散歩とは違うのよ』

 そう言いながらも、彼女の尻尾はちぎれんばかりに振られていた…。


《『永遠の女子高生』になり損ねた人面犬と、彼女の学年を追い越してしまった後輩優等生による世界滅亡ファンタジー?!》


《愛!》

先輩せーんぱい♡今日も丸出しのお尻が可愛いなぁー♡』


《友情!!》

ぽ!!ぽぽぽぽぽぽぽぽ、ぽぽぽ…べ、別にアンタのためじゃないんだからね///


《陰謀!!!》

『はぁ…はぁ…あの女後輩のマスクを脱がせば、世界平和への扉が…』


 ドンっ暗転!!!


『やめろおおぉぉぉぉおおおおぉぉぉぉぉわおおぉおぉん!!!!!』


《…果たして、二人の女子高生に世界を滅ぼすことは出来るのか!》


『あぁーん…♡先輩のお尻いい匂いするぅー…すぅーはぁーすぅーはぁー…アイタッ!!…んぐ…もう、蹴らないでくださいよ』

『いつまで寝ぼけてんの。早く行くよ』


《世界を終末へと導く挑戦が今、始まる…!

 2021年10月16日ロードショー》


******************************


 ―――。

 駅前の大型ビジョンで、よく分からない映画の宣伝が流れていた。

 ロータリーを囲むように植えられたイチョウは黄色く色づいて、うっすらギンナンの香りが街に漂う。どこかで、キンモクセイも咲いているのだろうか。ほんのり甘い香りも感じた。

 一見、普通の駅だった。街並みだけは。


 …行き交う人の格好がおかしい。

 みんながみんな、揃いも揃って、胸と背中にプラカードというか ホワイトボードのようなものを提げている。

 しかも、真っ白じゃなくて、何やらいっぱい箇条書きに書かれている。


『殺人は犯罪です。私を殺すのはやめてください』

『私の物を盗らないでください。刑法で罰せられます』

『触らないでください。痴漢は犯罪です』

『暴力は痛いのやめてください』

『悪口言われるのは嫌いです』


 などなど…。他にもいろいろ書いてあって、人によって文面も違うけれど、言ってしまえば『禁止事項』が書き並べられていた。しかも、どれもこれも当然のようなことばかり。

 …何これ???


 呆然と立ち尽くしていると、背中に衝撃が走り、あたしは地面に突っ伏していた。突然のことに声も出ない。

 混乱した頭でゆっくり振り向くと、ガラの悪そうな男たち三人がニヤニヤ下卑た笑いを浮かべて、あたしのことを見下ろしていた。


「お姉さん、首看板してねぇってことは、何してもオッケーってことでいいんだよね?」

 舐めるような目つきで、ひとりが言うと他のふたりも嬉しそうに歓声をあげた。

「久々じゃん、ドM女ひっかけるの」

「どうする?とりあえず、ここで一発やっちまうか?」

 …何を言ってるの、こいつら…。こんな公衆の面前で?『やる』がどの『やる』にしろ、犯罪だよね?

 なのに、周囲の人々はこちらに関心を向けることなく、通り過ぎていく。しかも、こいつらじゃなくて、襲われているあたしに蔑む視線を送る人すらいた。

 誰も助けてくれない。


「――っ!!!」

 立ち上がろうとすると、ヒールが折れていたので、あたしはもう靴を脱ぎ捨てた。

「お?何だ?やる気になった?」

 最初の男がダラしない表情であたしの顔を覗き込む。気持ち悪い。

 あたしは大きく息を吸い込んで、鞄でその下品な横顔を力いっぱいはたき飛ばした。


 呆然とする男ども。その隙に、あたしは一目散に駆け出した。どこか…どこかに逃げないと。

 ロータリーを挟んだ向かい側に小さな交番があったことをふと思い出す。

 人混みに紛れながら、後ろを見る余裕もなく、走る。足の裏が血が出てるんじゃないかと思うほど、裸足の道路は痛かった。でも、どうかどうか追いつかれませんように。あたしは必死にくすんだ青い屋根のガラス扉をめざして走っていった。

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