幕間

いつかどこかの前日譚

赤いヒヤシンス。もしくは、オレンジリリー

 ―これは秘めた私の言葉。きっとずっと咲かない想い。


******************************


 無邪気に笑う貴女は、まるで花のようで。思わず、私は貴女を見つめた。

 明るく迷わず、こちらを照らす。

 緩んだ頬は艶やかで、ほんのり輝いてみえる。優しく細める瞳にかげりなく、ただ私をまっすぐに見つめ返す。

 貴女が愛されて生きてきたことがよく分かる。

 そんな明るい笑顔。


 あぁ、なんて。

 …なんて気持ちの悪い。


 吐き気の湧き上がるこの気持ちは何と言ったらいいものか…。「憎悪」だの、「嫉妬」だのでくくってしまえば、陳腐になってしまうような、言葉にしきれない不快感。

 手足と頭がすぅーっと冷える。視界が黒く狭まった。

 頬は粉が噴くほどに乾いて、口の中には唾液が満ちる。

 …あぁ、あの笑顔を汚したい。

 でも、そんな思いも言葉もすべて飲み込んだ。ただただ奥歯を噛みしめて。


 …きっと彼女は言葉でしか知らない。

「憎しみ」も「妬ましさ」も、「怒り」すら。何かが千切れるようなこの激情の濁流も、の四肢に走るこの幻肢痛も。想像することすらないのだろう。

 だから、あんな風に笑って…。


 あぁ、憎い。にくいにくいニクイ憎い。

 影を照らさぬ彼女が醜い。

 吐き気を催すあの瞳には、私の姿は見えやしない。見えない私の手足は何度も砕ける。一度も折れることがなかったとしても。


 彼女の声は春のせせらぎのよう。明るく軽やかに響き、みんなの心を弾ませる。

 そして、私の心を逆撫でするような不協和音。あのかすれ声を聴いた耳なんて引きちぎってしまいたい。


 彼女の髪の甘い香りに心を奪われて、沸き起こる艶めかしい橘のような匂いに情欲をかき立てられる。

 あぁ、それはまるで安い塩ビの人形のようで。臭いそれは捨てることさえ、いとわしく…。


 どうして世界は彼女を愛すのか。あぁ、生きづらい。

 生きづらい私はただただ静かに心を閉じる。

 ニッコリ微笑むそのために。醜い世界を飲み込んで。

 あぁ、外の世界は美しい。私の中身なかみが腐り落ちても。

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