第8話 一人足りない
「あれ、一人足りない?」
隣辺りから男性の声がした。
******* *******
美容室のヘッドセットを被ってリクライニングに背もたれていたら、何時の間にか眠ってしまったらしい。
「あのう」
恐る恐る店員を呼んでみる。
返事はない。
何だか加藤の気配もない気がする。
感触でポケットに財布があることを確認。盗賊に襲われたわけではなさそうだ。中身を確認しようとして、
「取りますよ、ヘッドセット」
と少し大きめの声で言ったのだが、やはり反応がなかった。
仕方なく、勝手にヘッドセットを取ることにした。
被り物を脱ぐようにしてヘッドセットを取り去ると、蛍光灯の青白い光が目を少しさす程に明るかった。
******* *******
当日、冒険に出るという加藤の言葉を多少真に受け、黒のジーンズにカーキの工員ジャケットを羽織って、何度目かの美容室に行った。加藤は何時の間にか出会った時と違う、カーキのツナギに蒼のサファリジャケットと言う、確かに冒険に行くような、服装に変わっていた。
「まさか、クレジット使ったとか」
「金相場を見た、足りるはずだ」
確かに、換金すれば、服ぐらいは買えそうな気がした。
「で、冒険って」
「隣接閉鎖二十五世界戦地へ移動する」
「一回で覚えがたい」
「戦地に赴く」
「新作のVRかな」
「説明は省く」
話してるうちに路面電車が駅に着く。
「しかたない、行こうか」
******* *******
隣にいたはずの加藤はやはりいなかった。
見渡しても部屋の中には誰も居ない。
部屋の中には。
「あれ、一人足りない?」
隣辺りから男性の声がした。
何時の間にか部屋の間取りが変わってる。
四台ほどのリクライニングシート。結局何に使うんだか判らなかったヘッドセット。ヘッドセットにつながった心電図状の機械。座った時にはそれで全部だったのに、何時の間にか、恐らく四台を単位に部屋に仕切りができていた。
隣、ではなく、声は隣の部屋からのようだった。
******* *******
「おーい」
四角い部屋にはドアは一つしかなかった。
開けて見る前に、探りを入れたくて声を掛けてみた。
隣の部屋から囁き合いが聞こえる。
「1st、隣に誰かいるようだが」
「私が連れてきた助っ人だ」
「七人目と言うのは」
「隣の男だ」
話題にされているようだが、助っ人とは?
もう一度声を掛けてみる
「おーい」
「ナイ」
「ああ、何だ加藤か」
「開けるな、そういう仕来りだ」
ドアを開けて隣に行こうとしたら制止された。
「もう一度ヘッドセットを着けろ、通信が繋がる」
「音声でいいだろうに」
「他のメンツとも話ができる」
美容院のカーラーだと思っていたのだが。
VRヘッドセットだったらしい。
「着けたけど?」
風の騒ぐ音がした。
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