第7話 インビテーション_4_期日までの日常
「どうした?」
電話を終えて、落ち込んでいたら加藤に,
すっかり、アルコールホリックに成られた蛍嬢に、
「何か摘みはないかな」
と更なる出費を要求された。
何時か見たサラリーマンが家族のためとはいえ年収一千万を維持するために過労死寸前のスケジュールを組んでいたのを思い出す。
扶養、って楽じゃない。
「いや、親に仕送りことわられてね」
「安いのでよいぞポテチとか」
「もう,無いんだ、お金。」
「「銀行」へ行けばいいだろう」
「その、銀行の金が尽きそうなんだ」
これ以上話しても無駄な気がして、携帯の求人サイトで日雇いの案件を探すことにする。
「以前渡した金貨はどうした?」
「返したろ?」
「使ってくれていい」
ちょっと息を吸って。
「俺だからこうだが――」
何の演説か、と加藤が真面目な顔をする。
「男によってはこうは行かない」
「ああ、知っている」
経験者みたいにトーンを落とした声で言う。
若しかしてそうなのか?
「薬、飲んでる?」
「健康なので特に世話にはなっていない」
「そうか。」
藪蛇も難なので、矛を収めた。
微妙に壊れた日常シーンはともかく、このままでは破産する。
そういう時、このシュチュエーションなら加藤は間違いなく売り飛ばされているだろ。無論脱法で。
と言って売り手になるほど人道を外した生き方はしていない。
「レンタルDVDで最強の助っ人探して、どうするの?」
虚構に助っ人を見出だすのはそれほど難しくはないだろう。現実に、其れが何に成っているかを判断できるかが、健康の境界線ともいえる。
加藤は少し考えて答えた。
「礼はする。助けてもらう」
「だって、ビデオだよ。ノンフィクションならともかく、フィクションに助っと頼んでどうするんだよ――」
有りがちな、精神世界での戦い、なのだろうか。
「辛い話があるのなら聞かなくもないが」
加藤の返事はかたかった。
「別に、無い」
厳選の甲斐も無く、二十本強のレンタルDVDを鑑賞した。
二十本見た挙句、最初に借りたDVDの戦力を助っ人に採用したらしい。選考のポイントは何だったんだろう。
******* *******
地球温暖化現象。
地面の露呈した南極大陸や永久凍土地帯。
太陽の働き如何では何時でも氷河期になる。
各国の紛争。
難民の発生と其の窮状。
自界叛逆、他国侵逼。
信ずべきを信ずるまで恐らく続く災難。
流行病、地震、噴火。
此処でも復、自界叛逆、他国侵逼の影。
経済的打撃による生活不安。
食事もろくに取れない子供。
DV。
注目されなくなったのは、既に常態化して誰も反応しなくなったからか。
売春の低年齢化を憂いていたのは二十年近く前。
薬は既に日常化。
人身売買も売春同様日常化か。
奴隷話も、言葉を変えて蔓延。
……
溢れかえる毒気に蓋をして成立する日常。
嫌気がさして逃げ込む、虚構の世界。
虚構の世界に理想を求め、現実化出来たら、幸福だろうか。
せめて虚構の中でだけ。
******* *******
帰りに彼女のクラスに依ったのは、多分気の迷いだった。
パンデミック以降学校では授業が行われず、週に一回クラスのHRがあるだけになった。三密を避けるため、一日にHRを開くクラスの数は限られていた。だから、隣のクラスに未だ誰か人が居るかは、殆ど賭けのようなものだった。別に何もかかってはいなかったが。
静かな教室。
戸を開ける。
「梅田、居る?」
思った通り、隣のクラスに人影は無く、HRはやっていなかったか、とっくに終わっていたか、だったらしい。
「帰ろ」
サイドバックを肩から後ろに下げる。
黒板に伝言が幾つもあった。
黒板の前に立ってみる。
特に何もなかった。
三時回った程度だが、窓の外は既に夜の気配だった。
子供ではないのだが、夜、暗くなると、あまり動く気がしない。
「復ね」
開けっ放しにした戸を閉めて帰路に就いた。
******* *******
帰宅中。
髪飾りは買えなかったので、改めて一人でショッピングセンターに行くことにした。
心理学の法則なのか、デパートやショッピングセンターの一階は婦人もの売り場だ。一人では若干照れるが、髪飾りを探し始める。
小物売り場はすぐに見つかった。
「あ、梅田」
「ああ、ナイ」
オオム返しにされてちょっと間があく。
「アクセサリー探してる?」
「まぁ」
梅田は曖昧に笑った。
******* *******
「二度目だね」
「よく来るの?」
今日はベンチに二人きりだった。
ショッピングセンターがライティングされている。
ブレランみたいな信号機が音声で横断を促している。
背後から漏れてくるゲーセンの効果音。
食事に誘いたかったが、予算が出なかった。
「この辺地元で」
此方も地元と言えば地元。この辺、ではないにせよ。
「何処?中学」
この町の大きなショッピングセンターはここだけなので、もっと前から出会っていた可能性もあるなぁと思ったのだが。
梅田は、
「高校から転入」
と復曖昧に笑った。
「もしかして独り暮らし?」
「母親と。」
赤を告げる信号の合成音声が浮いて聞こえた。
梅田は小物売り場で買った髪飾りを取り上げると、
「あの子にね」
と高くかざした。
「すみません」
眼前に居ない女性の話題は禁句、だそうだった。
「あんなの渡してどうする」
「予約が済んだ」
美容室の帰り。加藤は美容室の店員に借りて来たレンタルDVDを渡してしまった。「復貸し」が気になったが、全然動揺した様子もなかった。
「助っ人と何の関係が」
「世界を移動する」
「美容室で?」
やはり、医者の出番だろうか。
「……まぁ。」
加藤は、少し自信なさそうに俯いた。
そして、顔を上げて言った。
「良かったら、付いて来るか、世話にもなった、連れて行くぞ」
「異世界に、ですか?」
此方の目をまっすぐ見ていた。本気らしい。
「来週の今日、出発する」
加藤は力強く断言した。
信号が青に変わった、と信号機が告げていた。
「ほんとは時間つぶしでさ」
梅田は立ち上がって伸びをする。
「塾通いとか」
おとこ、だよ。と呟いたような気がした。
「そういう事」
結局。
帰り道、月星と電灯の明かりがせめてもの慰めだった。
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