八 …十二
『ほら、おかあさんのこえ、きこえるでしょ?』
あくまでも明るく振る舞うゆい。
もうすぐ赤坂の意識が覚醒する。タイムリミットがすぐそこまで近づいてきていた。
五条は持ち合わせていた懐中時計をちらりと確認し、そしてゆいと赤坂に歩み寄る。
「そろそろ、時間だ」
五条の言葉に、赤坂はキュッと唇を結んで下を向く。
元の世界に帰らなければならない。それは赤坂もよく分かっているだろう。しかし、このままゆいと別れるくらいなら、ずっとこのままここに……という考えが、赤坂の中で堂々巡りしてしまっている。
五条には、赤坂を連れて戻る義務はない。
それを決めるのは、赤坂本人なのだ。
「ゆい……俺、やっぱり……」
『おかあさんは、まってるよ』
そのゆいの言葉に、突き動かされるようにパッと顔を上げる赤坂。
ゆいは、赤坂の言葉を待たずに言葉を続ける。
『おにいちゃん。わたしのかわりに、おかあさんをまもって。わたしはずっとみてるから』
ゆいは、赤坂の手を取り、立つように催す。そして、その手を引きながら光が灯る方へと歩みを進めた。
赤坂はされるがままに、ゆいに付いていく。しかし、まだ迷いを断ち切れないのか、その足取りは重いまま。
『おにいちゃんは、このさきもずっと、いきていくの。すきなひととけっこんして、こどもをうんで、おかあさんをさきにみおくって……』
ゆいの語尾が、少し震える。赤坂から表情は見えないものの、苦しそうに息をしていた。
ゆいは今、声を震わせて懸命に言葉を絞り出しているのが見て取れた。呼吸は浅く、そしてゆいの身体は光の方向へ近づくほどに薄く透けていく。
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