八 …六

 玉井は、泣いているのか、笑っているのか、何とも言えない、穏やかで儚い表情を浮かべていた。

 


『とうきょうじっしゃにぞくするみこを、ころすこと』


「……なに?」


 その続きを問おうとした瞬間、先程出現した黒い影が、玉井の身体からあふれ出た。石井は瞳孔を開き、何が起こったのか分からない、という表情を浮かべている。そして黒い影は、ゴウッという強い風を吹きあらし、巻き上げるように石井の身体を包みこんだ。黒い渦の渦中にいる石井が、五条の目からだんだんと姿を消してゆく。


『うわあああああああああ‼』


「風神!」


 黒い渦を払おうと、五条は札を掲げ、式神を呼び出すための術式を発動しようと、人差し指と中指の間に式札を差し込み、顔の前へ掲げた。突如、五条の身体を白い光が包み込み、やがて光は旋風へと変わり、五条の身体を取り巻いた。

 五条は式札を持った手を、石井の方角まっすぐに前に差し出した。

 旋風は、五条が指さした玉井の方へめがけて勢いよく進み、玉井を包んでいた黒い影と交じり合う。

 影と風が調和され、憔悴しょうすいしきった様子の玉井の左の顔面がうっすらと見えてきた。

 その姿を逃すまいと、五条は玉井の元へと足を進める。しかし、風と影が衝突しあうその圧に、なかなか前に進むことが出来ない。


「玉井さん‼」


『まーきんぐ……を……つけた』


 絞り出すかのような玉井の心の声が聞こえてくる。

 吹き荒れる風にかき消えそうなくらい、か細い声だ。

 五条は向かってくる風に抗う歩みを止めることなく、その声に耳を傾けた。


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