八 …四

五条は、神楽鈴を顔の前で一振り、二振り揺らした。すると、五条の足元に金色に光り輝く五芒星の魔法陣が出現し、それと同時に現れた光の玉が、ふわふわと舞うように五条の周りを浮遊する。

 そしてその後、射抜くように神楽鈴を影の方へと突き立て、もう片方の手で印を結び影に向かって問いかけた。


「汝の名は」


 恐ろしく穏やかで、ゆったりとした声色が投げかけられた。まるで、誰も五条には抗えないと思うほどの、抑制力と共に威圧感を与えるようだった。

 唸り声を上げていた影は、脱力したように手足や頭をだらんと下げ、ピタリと言動を静止した。

 そして、取り巻いていた黒い影は徐々に薄まってゆき、肉体の持ち主であろう人間が、その姿を現した。影の時と同じように、人間もまたやせ細っていてどこか不気味な印象を与えた。


『たまい…やすひろ』


玉井と名乗る影は言葉を発していない。だがしかし、自然と頭の中に流れ込んでくる。

 五条は今、憑物となってしまった玉井の心の声を聴いているのだ。強制的に、相手の意を汲み取ることのできるこの術式は、憑物にしか使用してはならない。 直接相手の心に干渉するため、生身の人間には非常に負荷がかかるのだ。もし万が一にでも生身の人間に使用した場合、意識が戻った際に何らかの後遺症が残るか、最悪の場合は死に至る。

勿論、五条も同様だ。術を使用した後は、最低でも一週間は身体が使い物にならない。

これは、東京十社に属する誰もが使える術ではなく、五条だけが扱える能力。


「玉井さん、アンタは何で赤坂さんに憑いたんだ?」


『おれと……いっしょだった……』


 玉井の心の声が流れ込んでくる。一緒、というのは、恐らく事故に遭った境遇の事を挿しているのだろう。

 五条はそのまま、石井の心へ耳を傾ける。


『おれも、いもうとがいた……。いきていればことし、はたちだ』


 玉井とその妹は年が十も離れていたそうだ。亡くなったのは二年前の、丁度金木犀がほのかに香る季節。塾の帰り道、飲酒運転で歩行者通路に突撃してきた車と接触し、そのまま帰らぬ人となった。

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