八 …三

たった一言。

 だが、その言葉に、赤坂の動きが止まる。


「二週間前、交通事故がニュースで取り上げられた。被害者は、徒歩で下校途中だった女子高生」

 

赤坂の様子などお構いなしに、五条はつらつらと話し進める。瞳孔を開き、狼狽うろたえながら瞳を上下左右忙しなく動かしている赤坂は、五条から離れようと距離を取る。

しかし、五条は飛びのいた赤坂との間を埋めるように、ジリジリと距離を詰めていく。怯えた表情を五条に向ける赤坂は、赤く変色した白目の端に涙を浮かべ、道化のように吊り上がらせていた口元を真横に引き伸ばしながらガチガチと歯を鳴らしていた。

 あまりにも拍子抜けする程の逃げ腰っぷりに、五条はため息をついて赤坂にまた一歩、歩み寄る。


「全く……不完全な状態で憑依するから、そんなにアンバランスな心が完成するんだ」


 五条はそう言うと、赤坂に向けて左手の人差し指と中指を向ける。

 まるで一昔前に流行った、忍者が印を結ぶ時のような手の形だ。胸の前でそれを掲げ、そして赤坂に向かって諭すように口を開いた。


「その青年に憑いている奴、出てこい」


 次の瞬間、黒い影が赤坂の身体からジワジワと浮かび上がるように、霧状となり辺りを舞い出す。完全にその身体を抜け出たと思えば、黒い影はだんだんと人の形へ形成していった。

 少し痩せ細った印象の、男性だった。これが今回、玉木の心に憑いて侵食していた憑物の正体。

 黒い影が完全に抜け切ると、赤坂はその場にバタリ、と倒れ込んでしまった。


「お前は、誰だ?」


 五条の問いかけに、影はグゥゥゥゥ……と唸り声を上げるのみ。


「仕方ないな……」


五条はため息をつき、懐から神楽鈴を取り出す。神楽鈴が左右に揺れる度、シャリン、と音が響き渡った。鈴の音は聴き心地が良く、自然と心を落ち着かせてくれるような、そんなふわふわとした浮遊感すら感じられる。

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