七 …五

 その直後、布が床を擦る音と共に、ミシミシと木の床が呻きを上げる。音のする方へ顔を向けると、先程は黒パーカー姿だった五条が、直垂姿で現れた。猫背でいつも背中を丸めている彼がここぞとばかりにしゃんと姿勢を伸ばし、見ているこっちが鬱陶しく思うような長めの前髪は後ろに撫でつけられ、その面持ちが露になっている。

『ちゃんとすれば美形』

 きっと、この言葉以上に五条を表すのにぴったりな言葉はない。


「始めるぞ」


 五条は短く発し、その場でへたりと座り込んでいる赤坂の前に跪く。装束姿も相まってなのか、その動きはやけに雅で美しい。


「お前、名前は」


 その動きに見合わず、五条から発せられた言葉はやけにぶっきらぼうで辛辣だ。

 しかし、それさえ気にならない程に、赤坂は五条に魅入っている。


「あ…赤坂…正人」


 赤坂が、ボソリと呟いた。


「赤坂、正人……」


 赤坂の言葉を反復するように、五条もまた赤坂の名を口にし、そしてふと微笑んだ。

 赤坂と目線を合わせたまま、自身の人差し指を赤坂のおでこに添える。



「赤坂の『こちら』と『黄泉』を結ぶ世界の扉を開け」


 五条が言葉を発してから数秒、目を閉じたまま動かなくなった五条と赤坂。暫くして、五条の身体から力が抜け、赤坂のおでこへあてがっていた五条の指が、腕の脱力と共にから離された。

 だらんと頭を垂らし、動かなくなった両者。それをただ黙って見ている乙女。

 

 両者が動かなくなって、どれくらいの時間が経ったのだろうか。

 感覚が鈍っていて気付かなかったのか、乙女は随分と身体の温度が下がっていると感じた。そっと自身の両腕で自分の身体を包み込む。

 先程まで頬をそよそよと撫でていた心地の良い風が、秋の肌寒さを覚える北風へと変わった気がした———。

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