七 …二


「だから君はそんなに疲れてるのか」


 乙女の言葉に、五条はほっとけ、と言わんばかりに座席シートに深く身体を沈ませて窓の外に視線を投げる。強がっていても所詮は未だ二十歳そこそこの若輩者。眉間の皺の深さが、抱えた心労を物語っている。


「少しのドライブだから、君は眠っときな。きっとその子は大丈夫だろう」


 乙女はルームミラー越しに拘束された赤坂を見る。

 表情こそ強張ってはいるが、幾分落ち着いた様子だ。恐らく自分の行いに自問自答しているのだろう。やけに落ち込んだ表情をしている。

 さらに、五条がというのだから、ここで暴れ出すということもないだろう。

 五条はちらりと赤坂の様子をうかがった後、シートの背面を倒し、横向きになって眠ってしまった。


 いつも“哀れな子”だと思う。

 生まれながらにして他人とは違う力を持ち、両親とも幼いながらに死別してしまった。

 彼の背には、他人の憎悪、渇望、怒り、悲しみ……。

 数えきれないほど多くの感情が渦巻いている。

 彼自身も、愛情に飢え、だがしかし他人を心から信用することはない。

 難儀な運命を背負った可哀想な男の子。そして、そんな五条を自分にも、心の底から嫌悪する。


 乙女は、口直しで噛んでいたガムを包み紙に吐き出し、再び煙草を咥えてライターに手を伸ばす。煙を逃がそうと少しウィンドウを開けると、車内にうっすらと入ってきた外の空気に乗って、金木犀の香りが鼻をくすぐった。

 

(もう、そんな季節か……)


 広がったこのかんばしい香りを掻き消すのも忍びないと思い、乙女は煙草をケースに戻した。

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